Yondaful Days!

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のめり込めないエンタメ小説〜野沢尚『破線のマリス』

破線のマリス (講談社文庫)

破線のマリス (講談社文庫)

野沢尚さんというのは、自分にとっては、名作映画『名探偵コナン ベイカー街の亡霊』の脚本の人。
勿論、代表作として『破線のマリス』は知っていたし、映画などで話題になった当時も、2004年に44歳の若さで亡くなられたときも読んでみたいと思っていたが、タイミングを逃していた。
今回、七面倒くさいことを考えずに、ひたすらページをめくる楽しさを味わえる本が読みたいということで、第43回江戸川乱歩賞受賞で、「鉄板」に違いないと確信していたこの本を手に取った。

首都テレビ報道局のニュース番組で映像編集を担う遠藤瑶子は、虚実の狭間を縫うモンタージュを駆使し、刺激的な画面を創りだす。彼女を待ち受けていたのは、自ら仕掛けた視覚の罠だった!?事故か、他殺か、1本のビデオから始まる、超一級の「フー&ホワイダニット」。第43回江戸川乱歩賞受賞の傑作ミステリ。


結論をいえば、『破線のマリス』は、自分にとっては、ここまでのめり込めないエンタメも珍しいと思わせるほど特徴的な作品だった。
のめり込めない一番の要因は、主人公に感情移入できないこと。序盤、郵政省とテレビ局の関係など、業界的な薀蓄部分で読みにくさを感じたときは、扱っている分野の問題かと思ったが、読み進めて、そうではなく、感情移入できる対象が少ないからだと分かった。


あらすじで「ニュース番組で映像編集を担う」とされている主人公の遠藤遥子がやっている「虚実の狭間を縫うモンタージュを駆使」を、どのように捉えるかで作品の評価は全く変わってくる。これをすんなり受け入れて、遥子に共感しながら読むことができれば、ストーリーとしてはハラハラする展開が続き、想像しないラストの来る完璧なエンタメとなっていたかもしれない。
しかし、そうはならなかった。事件の発端部分で遥子がやった「モンタージュ」は、原作発表の2000年当時のモラルでは、もしかしたらグレーゾーンながらもギリギリセーフの範疇だったのかもしれないが、今は完全にアウト。結局自らの蒔いた種でストーリーが悪い方向に向かう話で、一番最後の遥子の行動も含めて、ほとんど遥子に共感できないまま、物語が終わってしまった。
遥子が行なっているのは、真実が不明確な事件について、情報(映像)の切れ端をうまく繋いでストーリー(仮説)を立てて、視聴率が取れるように味付けをし、検証をしないまま公共の電波に乗せるというもの。要は犯人のでっち上げ。
先日読んだ小説では、新聞編集者が、さんざん迷った挙句、十分な裏取りが出来なかったことを理由に、大スクープを記事にしないという判断をする部分が出てくるが、これとは正反対の行動で、主人公に誠意が感じられない。ちょうど、遠隔操作ウイルス事件で、片山祐輔被告が保釈されたばかりというタイミングもあったが、なぜ、このようなストーリーが広く受け入れられ、江戸川乱歩賞を受賞したりしたのか非常に疑問。今はそんなことはないだろうが、当時のテレビマン達が、このような姿勢でニュース番組製作に取り組んでいたのだとしたらと思うと、怖くて仕方ない。


小説の中では、テレビ番組の問題点を、登場人物たちが語る部分も多く登場し、テレビへの問題提起の面も確かにある。しかし、主人公の行為自体が、放送倫理を大きく踏み外していることで、そういった社会派的な部分は自分の心には響かなかった。むしろ敵役となる麻生公彦氏の方に肩入れをするようにして自分は読んだこともあり、勧善懲悪でもなし、救われるべき人が救われずに後味が悪いのでもなし、どこに焦点を置けばいいのか、そこが全く分からない読書となった。
同じマスコミ業界を扱ったエンタメとして『クライマーズハイ』と『破線のマリス』のどちらを読むかでもし迷う人がいれば、自分は断然『クライマーズハイ』をオススメする。


なお、映画は黒木瞳が主演だとか。自分の脳内では尾野真知子で読んでいたけど、黒木瞳も合っていると思う。野沢尚はテレビの人だし、もしかして映像メインで見たら印象が違うのかな。

破線のマリス [DVD]

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