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まさに今読むべきオススメ本〜村松秀『論文捏造』

論文捏造 (中公新書ラクレ)

論文捏造 (中公新書ラクレ)

科学の殿堂・ベル研究所の、若きカリスマ、ヘンドリック・シェーン。彼は超電導の分野でノーベル賞に最も近いといわれた。しかし2002年、論文捏造が発覚。『サイエンス』『ネイチャー』等の科学誌をはじめ、なぜ彼の不正に気がつかなかったのか? 欧米での現地取材、当事者のスクープ証言等によって、現代の科学界の構造に迫る。なお、本書は国内外、数多くのテレビ番組コンクールで受賞を果たしたNHK番組を下に書き下ろされたものである。


この本こそ、STAP細胞の一連の騒動と合わせて今読むべき本。
理由としては大きく3つある。
まず、「論文捏造」に関する問題の原因がどこにあるか、という「現代科学の問題点」が分かりやすくまとめられているという点。
次に、取り上げられている事例(シェーン事件)は、現在、世間を騒がせているSTAP細胞の話と構造的に共通点が多いという点。
そして最後に、捏造事件の中心にいたヘンドリック・シェーンと、小保方晴子さん、という二人の人物が、やはり共通した何かを持っているという点。
こういった理由と合わせて、テレビ番組的な、真相に迫る展開が「魅せる構成」になっていることもあり、非常に文章が読みやすい。これを一冊読んだ上で、今後もしばらく続くSTAP細胞の一連の調査結果を見て行くと、スキャンダラスな報道に惑わされずに、本質の部分を追っかけて行けると思う。なお、2014年3月末の段階では、STAP細胞の件は、研究成果そのものまでもが虚偽だった、とはされていないが、色々な報道を見るにつけ、シェーン事件同様、研究成果も嘘だったという結論が最も確からしいと考えている。


さて、ヘンドリック・シェーンの事件が具体的にどういうものだったのかは、以下のサイトが短くまとまっている。STAP細胞の事件と大きく異なるのは、事件発覚までに3年近くの日々が過ぎ、その間、シェーンは称賛され続けたという点。

史上空前の論文ねつ造という科学詐欺事件が発覚したのは2002年9月のことです。 主役はヤン・ヘンドリック・シェーン(29)、アメリカのベル研究所所属の研究員で「サイエンス」、「ネイチャー」に超伝導に関する16編の論文を発表し、およそ3年間にわたって、いつノーベル賞を受賞するかと注目を集めたヒーローでした。
最初の発表は2000年7月、オーストリアで開かれた合成金属科学会議です。ベル研究所と言えば、何人ものノーベル賞受賞者を出してきた科学研究の最先端を切り開いてきたところです。ベル研所属のバートラム・バトログは、超伝導研究の第一人者として研究チームを率いていました。シェーンはそのチームの一員でした。・・・

科学界のスーパースターとなったシェーンが、あっという間に奈落の底に落ちる展開は、ドキュメンタリーを模したドラマのようで、これが現実に起きた事件だとは信じがたいくらいによく出来ている。



現代科学の問題点については、第9章に詳しい。
いくつか挙げられているキーワードのうち、「不正を立証する困難」「狭い専門領域」「成果主義の功罪」「求道者ではなく、スポークスマン的な、新しいタイプの科学者像」などは、STAP細胞の話にも共通する。
このうち、「狭い専門領域」について言えば、共同執筆者それぞれの専門領域が明確に分かれているため、受け持ち部分以外については正当性を、担当者以外の誰も担保出来ないという問題が生じてしまうという点が問題だ。
一方で、周囲から見ると、「あの人が共同執筆者に入っているから信憑性は高い」という解釈をしてしまう(確証バイアス)ため、内側からも外側からも疑いの目を向けにくくなるという点がある。実際、STAP細胞の件で、不正立証に大きく動き、事態を前に進めたのは、内外の関係者ではなく、無関係のネット上の有志によるところが大きい。そいういった意味では、シェーンの事件があった10年前と比べて、不正を見抜ける社会へと前進したのかもしれない。
しかし、これほど共通点が多い事件が再発してしまったのは、やはり問題なのだろう。改めて共通点を並べてみる。

  • ベル研究所理化学研究所という、歴史ある名門研究所が関与していること
  • 30前後の若い科学者にスポットライトが当たり、次のノーベル賞と囃し立てられたこと
  • 発見内容が、非常にシンプルな原理で成り立っていること。
  • にもかかわらず、他の研究者が再現ができないことで騒ぎが大きくなったこと
  • 論文について、あからさまな不正があること
  • 過去の論文にさかのぼって問題が波及し、出身大学の責任が問われていること
  • 研究者の命ともいえる「実験ノート」が出てこないこと
  • 共同執筆者のチェックが甘かったことが不正の原因になっていること
  • (実際には正当性が担保される理由とならない)有名科学雑誌に掲載されることで箔がついてしまったこと

本書の中では、科学が不正に向き合う先進事例として、バイオの分野で科学研究が公正のもとに行なわれるための調査裁定機関としてアメリカ研究公正局(ORI)の取り組みについての説明がある。(第4章)しかし、これが今後の科学のあり方か、ということについては、本書はやや否定的な意見でまとめている。

科学界はこれまで、自由闊達な空気、学問の自由を保障する開かれた社会、そうしたものを礎にして発展を遂げてきた。規制や取り締まりを強化することには、健全なる科学の発展につながるのかどうか、疑問も生じる。たとえば、戦争時や全体主義的な政治状況下において、学問や科学は、その存在価値を規制によってゆがめられた、苦々しい過去がある。だからこそ先人たちは学問の自由の意義を声高に叫び、その自由を享受しようとしてきたのである。(8章:p271)


今回のSTAP細胞の騒動で、一番興味があるのは、やはり小保方晴子さん本人について。
特に興味を持ったのは、論文の信憑性について騒がれ出した3月初めの時期に、本人が再現実験に成功したと発表したニュースを知ってから。(3/5のニュース)

理研は5日、小保方晴子研究ユニットリーダーが1月末の論文発表後、初めてSTAP細胞の再現実験に成功したことを明らかにした。実験の客観的な証明には第三者による再現が必要だが、成果の正しさを一定程度裏付けた形だ。 理研によると、小保方氏は理研発生・再生科学総合研究センターで先月、再現実験を開始。論文通りの手法でマウスの体細胞を弱酸性溶液で刺激し、あらゆる細胞に分化できるSTAP細胞を作製することに成功した。細かい実験手順も含め同センターとして正しさを再確認したとしている。

論文が捏造されたものではなく、画像貼り付けミスであったとしても、自身が疑われている中で、あまり助け舟にならない(私が出来ると言ったら出来るんだ!信じろ!的な)この発表をする理由が分からない。自分の常識とは少し離れたところにいる人に思えた。勿論、ここで報道された内容は、小保方さんによるものではなく、理研の意図が大きく影響しているのかもしれず、どこまでが小保方さんの意思なのかというのは、今後切り分けて行く必要があるが。


『論文捏造』では、シェーンについて外側から迫り、本人が姿を現す部分にクライマックスがくるようになっている。数々の実験を成功させたシェーンの実験装置「マジックマシーン」がが姿を現す場面、疑惑の目を向ける研究者たちの前に姿を現する場面や、不正発覚後、行方をくらましていたシェーンに、NHK取材班が会えるのかどうか!という場面は、ほとんどサスペンス映画のようで手に汗握る。
さて、そんな風にして迫った実際のシェーンがどういう人物だったのかは、是非本を読んでほしいが、自分の印象は、雲の上に住んでいるような人で、悪意はないが、全く常識がない人。
この本を読んで、小保方さんも同じタイプの人なのかもしれないという思いが強くなった。ただ、恣意的な数値の読み取りや無視、などというグレーゾーンの行為については、多かれ少なかれ、どんな現場でも行われていると想定され、どこまでが「非常識」と断罪できるかどうかの線引きは難しい。そういう意味では、やはり、STAP細胞をめぐる一連の騒動についても、自分の身に引き寄せて考えて行く必要があると感じた。

補足

読売新聞3/30朝刊の特集記事“STAP「ずさん論文」公表なぜ”では、今回の論文に関するインターネット上の議論を活発化させた米カリフォルニア大学のポール・ナーフラー准教授がネットを使った論文検証の利点を挙げて、こう述べている。

科学誌で誤りや不正を指摘しようとしても、投稿などの手続きに時間がかかる。変化する状況についていけない。(略)ソーシャルメディアがなかったら、今でもSTAP細胞の情報は、ネイチャー誌と理研と論文の著者だけが握り、複数の研究室が暗闇の中で、作製実験を繰り返していたに違いない。

勿論、今回のように話題になった研究だからこそ、ネットによる論文検証が機能したという部分もあるのだろうが、こういった事例が増えれば、抑止にも繋がりそうだ。