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「イヤミスの旗手」の名に恥じない傑作サスペンス〜沼田まほかる『九月が永遠に続けば』

九月が永遠に続けば (新潮文庫)

九月が永遠に続けば (新潮文庫)

清純。確かにそうかもしれない。あの頃の亜沙美を思い出すと、清純と猥褻が同じひとつのものの裏表に過ぎないような気がしてくる。むしろ情欲をそそる度合いでいえば、清純さこそが最も猥褻なのではないか。p239

沼田まほかるは、初めて書いた、この『九月が永遠に続けば』で第5回ホラーサスペンス大賞を受賞し、56歳でデビューした作家。Wikipediaによれば、湊かなえ真梨幸子らとともにイヤミス(読んだ後にイヤな後味が残るミステリー)の旗手として注目されているそうだ(笑)。
『九月が永遠に続けば』は、最後の最後まで、読者が心を宙吊りにされたまま引っ張り回される、まさにサスペンスの中のサスペンス*1といえる作品。
主人公は2人暮らしの41歳の母親・佐知子。ある夜、ゴミ出しをお願いして外に出た高2の息子・文彦が、そのまま突然失踪する。事件に巻き込まれたのか?本人の意志なら何故なのか?佐知子は考え、行動を起こし、探り続けて、だんだんと深層に近づいて行く。
それだけなら「ただのサスペンス」だが、この作品は、そういった展開以外に、読者が心理的に「宙吊りにされる」というより、「ダメージを受ける」ような要素がふんだんに使われている。
まず、主人公を含む多くの人が、道徳から外れた、もしくは人には言えない秘密を抱えているという点。この秘密の設定の絶妙さが、登場人物への不信感を生み、読者をより惑わせるように機能している。いや、真に怖いのは、物語の中だけでなく外側、つまり実世界への不信感を生むようにも出来ているところ。
そして、隠している秘密や、暴かれていく過去のビジュアルイメージが強烈である点もサスペンス性を強める。これが映画ならやり過ぎに見えるだろうが、小説だと怖さがストレートに伝わり、また、イメージがキャラクター達の異常な心理状態の上で語られることで怖さが増幅される。一方で、それらは、個人的体験と結びつきすぎていて、登場人物それぞれが生んだ幻影である可能性もあり(事実、そのうちの一つは、虚偽であることが暴かれる)、そのことでやはり読者が抱く不信感が強くなる。
具体的に書くとネタバレになるので書かないが、この作品の「怖い」部分の多くが、いくつかのグロテスクなイメージに拠るところが大きい。
そう考えると、息子の失踪の原因は何か?という主軸と合わせて、読者は、どの人が「信じることのできる」人なのか、誰が「怖くない」人なのかを、考えさせられる。「誰が犯人なのか」に焦点を当てればいいサスペンスは、実は物語の行く先が分かっているから、安心してページをめくることができる。しかし、この作品では、物語がどう転ぶのかギリギリまで分からない。少しも安心できない、その点が一番の魅力であるように思う。


と、ここまで書いたものを読み返して、この本の魅力は、展開や設定よりも、それを自然な流れで見せて行く文章力だと思い返した。解説(千街晶之)でもホラーサスペンス大賞受賞時の選評(綾辻行人桐野夏生唯川恵)も引用しながら小説としての完成度を絶賛している。その意味では、気になる他の作品(『アミダサマ』や『猫鳴り』)を読む際に、かなり期待値を上げても裏切られないのかもしれない。また、同じくイヤミスの旗手として挙げられている真梨幸子さんの本も読んでみたい。
それにしても56歳デビューは凄い。彼女の存在を知り、今から小説の勉強をしようかと道を踏み外す中高年が多数いるのだろう。しかし、そういってチャレンジして行く人が増えて面白い作品が少しでも増えたら、読み手としては嬉しい結果に繋がるので、単純に喜びたい。

過去日記


以下、空白行を挟んでネタバレありの感想。













物語は、文彦の失踪の原因として、異母兄妹にあたる冬子(佐知子の元夫であり、文彦の父親である安西雄一郎と亜沙美の娘)に辿り着き、ミステリアスな冬子の存在で引っ張って引っ張って、最後に大ボスである亜沙実が登場する、というつくりになっている。
過去の亜沙美の登場シーンは、強いビジュアルイメージを持ったものばかりで、読者としても、ここで遂に亜沙美が登場するのか!とワクワク。佐知子と亜沙美の再会シーンは終盤の見せ場となるのだが、佐知子は、久しぶりの亜沙美を見て、文彦が飼っていたハムスターが仔を産んだときのことを思い出す。この描写が最高だ。

一匹を、手のひらにのせて包み込むように握ると、ビクビク震える温かなマシュマロみたいだった。マシュマロみたいで同時に、命があらわになっているような生々しさがあった。腹の底のどこかから、ごく自然にひとつの欲望が湧きあがってきた。はっと自制したときにはもう、小さな肉塊を握った手に不必要な力がこもって強張りはじめているのだった。私はすぐにハムスターを文彦に返し、檻に閉じ込めて出さないように言い聞かせた。p396

そして、冬子、亜沙美と、強烈なキャラクターに焦点を持っていき、最後に明かされる犀田の死因。そして冬子を死に追いやったのも含めて、「犯人」は、文彦の同級生カンザキミチコと知れる。ノーマークの人物だったこと以上に、事件が平凡な人物によるもので、日常と地続きであることを知り、怖くなる。
つまり、特異な血の繋がりや、過去の経緯があってこそ生じてしまったと思っていた事件(読者とは無関係な場所で起きた事件)は、実は、どこにでもいそうな、思い込みの強い女子高生によって引き起こされた事件に、一気にレベルダウンする。*2読者はさんざん引っ張り回される(サスペンドされる)が、遠い世界に連れてかれるのではなく、最後に日常に戻ってくる感じだ。
結局、永遠に続けばいいと思っている世界自体が、「突然終わってしまうかもしれない」という不安ではなく、実際には、それが「何かを隠して成り立っている」ということに視点が向く。つまり、タイトルの「9月が永遠に続けば」の「9月」は、「秘密が暴かれる前」を指しているのだと思う。


また、キャラクターの強烈な存在感は、やはり、文章力によるところが大きいのかもしれない。頻繁に登場するわけではないが、ビジュアルイメージの強い一場面から、最後まで不信感を拭えない安西雄一郎。圧倒的に怖い物語の中で、浮いてしまって苛々する存在である服部が、ずれているからこそ癒される存在になるというのも面白い。


イヤミスという紹介のされ方は言い得て妙で、癖になるイヤさで、度々読んでみたいと思わせる魅力を持った作家。『アミダサマ』や『猫鳴り』などのタイトルも引っ掛かる。現在、出ている6作品は、早いうちに網羅してしまいそうだ。

*1:Wikipediaによれば、サスペンスとは、ある状況に対して不安や緊張を抱いた不安定な心理、またそのような心理状態が続く様を描いた作品をいう。シリアス、スリラー(サイコスリラー)、ホラー(サイコホラー)、アクションものといった物語の中で重要な位置を占める。単純に「観客の心を宙吊りにする」という意味でズボンのサスペンダーを語源だとする説明もある。

*2:読んでいる途中の感覚は、東野圭吾白夜行』、重松清『疾走』、『私の男』のような特異な状況の物語だったが、終わってみると、吉田修一『パレード』のような、都市の日常の怖さを描いた物語に、大きく印象を変えた。