Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

自らの「手持ちの能力」を活かす生き方〜泉流星『僕の妻はエイリアン』

僕の妻はエイリアン―「高機能自閉症」との不思議な結婚生活 (新潮文庫)

僕の妻はエイリアン―「高機能自閉症」との不思議な結婚生活 (新潮文庫)

紀伊国屋新宿南店で定期的に開催されているビブリオバトルで紹介されていた本。
ビブリオバトルで読みたいと思う本は、これまで気になっていて最後の一押しをされる場合と、これまで全くアンテナに引っかからず初めて知る場合が半々で、今回は後者。タイトルと表紙だけで読みたくなる魅力がある本だと思う。


さて、内容だが、副題を読まないと、SFと勘違いしてしまうが、アスペルガー症候群高機能自閉症)を扱ったノンフィクション。

しばしば噛み合わなくなってしまう会話。「個性的」を通り越し、周囲の目を忘れたかのような独特の行動。ボキャブラリーも、話題も豊富な僕の妻だが、まるで地球人に化けた異星人のようだ……なぜ?  じきに疑問は氷解する。彼女はアスペルガー症候群だった。ちぐはぐになりがちな意識のズレを少しずつ克服する夫婦。その姿を率直に、かつユーモラスに綴った稀有なノンフィクション。
Amazonあらすじ)


アスペルガー症候群の妻との日常生活とその楽しさ辛さの部分を、夫が淡々と語って行く。妻の「変わっている部分」にはマイナス面だけでなく、プラス面も多く、これと決めた分野について調べて短期間でかなりの基礎知識や専門用語を習得できることや、一度外で食べた料理は何でも味を再現できるほどに料理が得意なことなどが語られる。その意味で、「変わった夫婦」の本としても楽しく読める。
この種の本は「ツレがうつになりまして」など、色々な本があるが、この本がとても優れているのは、自閉傾向にある人の思考パターンが平易な言葉で分析されていること。

異星人妻が混乱してしまうのは、前後の話の流れや、言った人の表情、その発言に対して周囲の人がどう反応したか、といった状況が正しくつかめないからだ。でも普通、僕らは特に意識して考えることもなく、そういうことを自然に感じ取って、大体の場合、ほぼ正しく判断している。実は、これは僕らの脳が全自動で情報を処理し分析してくれているおかげなんだ。
異星人妻から見ると、地球人がいちいち考えたり推理することもなく、それでいてお互いの意図をちゃんと理解しながら会話のやりとりをしている様子こそ、まるでテレパシーを使っているようで、すごく不思議なんだそうだ。p171

つまり、誰もが発達段階で身につける「他人の心を読み取る能力」がうまく発達しない場合を指して「発達障害」と呼んでいるということになる。
ところが、「異星人妻」が自閉症と診断されたのは、2人が結婚後のことで、それまではずっと「普通の人」として生活してきた。そこが、同じように自閉症について書かれた東田直樹さんの本などとは大きく異なる部分。
異星人妻は、仕事や人とのコミュニケーションで悩み、その症状について自分で調べ抜いた上で、専門医に相談の上で、診断名を得る。夫でさえ、「妙なふるまい」の原因は、単に性格の悪さの問題で、病気なんて言い訳なんじゃないか?と考える中での努力を考えると、これはなかなかできないことだ。
そして、それが「生まれつきの病気」が原因であると知ることは、同時にそれが「治せないタイプの問題」であることにも繋がるのだが、あくまでそれをプラスに持って行こうとする妻の考え方、そしてそれをサポートしていく夫の考え方が素晴らしい。

自閉症の影響だろうと、ウツ症状の影響だろうと、自分の行動とその結果は、常に自分の責任、なんだそうだ。だから、手持ちの能力や気力の範囲で精一杯の工夫をして、なるべく人並みに物事をこなすよう、努力しながら生活している。気力があまりにも落ち込んで、起き上がっているのさえつらいような時でさえ、一生懸命、粘り強く物事に取り組む前向きな姿勢だけは、決してなくさない。
そうやって、どんな時も決してあきらめない妻を見ていると、たとえ妻のマイナス面ばかりがあまりにも大きく見える時でさえ、この結婚生活をあきらめ、妻のプラスの面を失ってしまうのは、僕自身にとってあまりにももったいないという気がするんだ。p280

勿論こういった問題への対処をすべて個人や家族がやっていくのには無理があり、社会的なサポートも必要だという点についても指摘がある(p277)が、あくまで「手持ちの能力」を最大限に使うことに重きを置かれて文章が書かれている。
それが重要なのは、「普通の人」も全く同じで、それを「自分はこういう性格だから…」と諦めてしまうような考え方は絶対にやめようと思った。


なお、ノンフィクションにもかかわらず、最後に「おー!」と思わせるネタバレ要素があるのもこの本の魅力。自分は、どの部分がネタバレ要素なんだろうかと考えながら読んだけど、当てることはできませんでした。最終的に自分がこの本を読もうと決めたのは、この「ネタばれ要素」があることが理由だったのですが、大満足でした。そういうのが好きな人にもオススメです。(Amazonなどで事前の知識を得るのは控えた方がいいです)

参考(関連する日記)

 ⇒東田君の本は、テレビ番組を見たこともあって、やはり印象的。これも賛否あるみたいですが一読の価値ありの本だと思います。

 ⇒生まれてきた娘が広汎性発達障害と診断されたことで悩みまくる母親の奔走と崩壊の物語。Amazon評がやや荒れている本です。

 ⇒(特に病名について触れられていないが)自閉症の少年クリストファーが隣の家の犬を殺したのが誰かという謎に挑み、それをミステリ小説にまとめようとした本。これも相当変わってる。