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オススメの「黒板引っ掻き」小説〜小林泰三『セピア色の凄惨』

セピア色の凄惨 (光文社文庫)

セピア色の凄惨 (光文社文庫)

小林泰三は、以前、『玩具修理者』を読んだように思う。通常のホラーやミステリではなく、少しSF要素が入っている(現実にはあり得ない)小説を書くタイプの人という印象があった。
秋なのに読書が進まないので、カンフル剤にと読みやすそうな本を探したときに、少し変わった内容であることを期待してこの本を選んだが、その目論見は正解だった。

「親友を探してほしい」。探偵は、古ぼけた四枚の写真を手がかりに、一人の女性の行方を追い始める。写真に一緒に写っている人々を訪ねていくが、彼らの人生は、あまりにも捩くれた奇妙なものだった。病的な怠惰ゆえに、家族を破滅させてゆく女。極度の心配性から、おぞましい実験を繰り返す女…。求める女性はどこに?強烈なビジョンが渦巻く、悪夢のような連作集。(Amazonあらすじ)


奥田英朗精神科医・伊良部シリーズでは、「何もそこまで…」という、様々なタイプの強迫神経症の患者がユーモラスに扱われていた話がいくつかあったが、この連作集もそれに似る。4枚の写真に絡めて登場する4人の人物は、皆、普通の人は適当に扱っているような感覚に対してこだわりが強い。勿論、伊良部シリーズとは異なり、その極端な性格が物語の中でそのままホラー要素に落とし込まれる。
いや、ホラーというよりは感覚的な嫌悪感。言うなれば、耳の近くの黒板を爪で引っ掻かれるような気持ちになれる連作集だ。


中でも、3話目「安心」と4話目「英雄」は強烈。
「安心」の導入部は、携帯を買った途端に、高いところから落として壊さないか不安になる、という女の話から始まる。ここには共感できる。
しかし、彼女の「安心」確保の仕方が変わっている。実際に高いところから落としてみて壊れないことを確認するというのだ。もし壊れたとしても、大事な時に壊れるよりも良かったと考えるのだという。
この考え方で、身の回りの不安を潰していくとどうなるか、というのがこの話で、独白で話が進むのもあいまって、違和感・嫌悪感・恐怖感で頭がいっぱいになれること請け合い。
「英雄」は、ある地方で行われる特殊なだんじり祭りがテーマ。確かに、だんじり祭りのような、負傷者が出るような祭りを何故毎年行うのか疑問に思ったりするが、それに輪をかけて危険にした奇祭を描くことで、祭りに対する男の美学(?)の異常さが語られる。この話は4話のなかで一番グロテスクな話だ。


4つの話が「親友を探してほしい」という、探偵への依頼に繋がる、という凝った構成になっているが、ラストも爽快感はなく、靄がかかったようで、まさに悪夢のよう、という表現がぴったりくる。
話自体が落ちているかどうかは別に、(ゲームや漫画などでなく)小説でしか味わえない「奇妙な味」がある。時々そういう小説を読んでおきたいなと思う自分にはぴったりの内容で大満足です。
なお、タイトルと表紙イラストは内容とマッチしていてとても良いと思います。

参考(過去日記)

伊良部シリーズの1、2巻(インザプール、空中ブランコ)は本当に大好きで、落ち込んでいるときにも幸せなときにもいつでも楽しめるエンタメ小説だと思います。強迫神経症の患者を精神科医が治す?話で、病院を訪ねる人々にも、やはり途中まで共感できるのですが、途中から「ついていけない」となります。そこらあたりは、やはり『セピア色の凄惨』に似ていますね。