Yondaful Days!

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巧い配置のラジェンドラ〜田中芳樹『落日悲歌―アルスラーン戦記〈3〉』

ペシャワール城塞に入城したパルス王太子アルスラーンの元に、シンドゥラ軍襲来の報が届く。王子ラジェンドラ率いる大軍は五万。対する軍師ナルサスは、巧みな計略を用い、たった五百の騎兵で王子を捕虜にしてしまう。王子と同盟を結んだアルスラーンは、シンドゥラのもう一人の王子ガーデーヴィとの対決へと向かうが…。 (Amazonあらすじ)

この巻では、ギスカールヒルメスの出番はほとんどなく、シンドゥラの2人の王子であるラジェンドラとガーデーヴィの対決が描かれる。
その中で、象の餌に薬を混ぜるという、(いかにもガーデーヴィらしい)非人道的な方法によって誕生した、兇暴な戦象部隊との闘いや、兄弟のそれぞれが代理人を立てての神前決闘*1など、血沸き肉躍る展開が多く、あっという間に読み終えてしまう。


アルスラーン戦記の面白さは、登場人物同士、国同士の関係の豊富さにあるといえるが、中でも、ダメな敵役の配置が巧いといえるのかもしれない。
例えば、今回、行動をともにすることの多いラジェンドラ、また、ギスカールが講じる浅い策略は、それによってナルサスの天才性を際立たせる。ラジェンドラについていえば、この巻の最初(ガーディーヴィー軍への分進合撃案)*2も最後(王都奪還を目指してパルスに戻るアルスラーンへの三千騎の騎兵の提供)も、奸計を含んだ彼の提案がナルサスに見破られて逆に利用される話になっている。
一方で、ガーデーヴィは徹底的にあさましいキャラクターとして描かれることによって、彼が処刑される時にカタルシスが得られる構成になっている。また、ガーデーヴィーが下品な人間として描かれるため、同じ敵役でもラジェンドラの人懐っこさが際立ち、アルスラーンがラストで捕えた彼を生かして返すことにも納得がしやすくなっている。そう考えると、ラジェンドラというのは、敵国にいて、有能でもないのに、敵意を抱きにくい、むしろ親しみを持てる絶妙のバランス位置のキャラクターで、こういう脇役がいるからこそ、物語が深みを増していくんだろうなあと考えさせられる。


さて、その他、ストーリー上のポイントとしては、前巻のラストで、ヒルメスのことを「その方を殺せば、パルス王家の政党の血は、たえてしまうぞ!殺してはならぬ!」と叫び、アルスラーン達を動揺させたバフマンは亡くなってしまう。また、幽閉されたアンドラゴラスの口から、ヒルメスがゴダルゼス二世の孫ではなく子(アルスラーンの叔父)であることが語られる。
重要キャラクターとしては、ラストで、万騎長の一人である「片目のクバード」が登場する。
物語としてはちょうどひと段落ついて、次巻から首都エクバターナ奪還に向けた快進撃が始まるという感じ。


*1:グインサーガでも序盤にありましたね。

*2:その裏切りまで読み切って利用したシンドゥラジャスワントが、後半、アルスラーンの仲間となるのも面白い。