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納得の4冠!海外小説を読まない人にもオススメ!〜ピエール・ルメートル『その女アレックス』

その女アレックス (文春文庫)

その女アレックス (文春文庫)


まずはネタバレなし感想。

なかなか頭から離れない思い込みに「海外小説はもたもたして読みにくいのではないか?」というものがある。登場人物の名前を覚えられなかったり、日常生活を想像しにくいという理由だが、実際、国内小説では感じないストレスを、海外小説では感じる、ということも多かった。
だから、「2014年ミステリーランキング、4冠達成」という事実に加え、スゴ本など、色々な書評で絶賛されている本書を読む際にも、ミステリとはいえ海外だから…と少し不安に思っていた。


しかし、そんな不安は全くの杞憂に終わった。
とにかくテンポが良い。謎の女アレックスと、警部カミーユの二人の主人公の視点が交互に入れ替わりながら物語は進む。
読み始めてすぐにアレックスが路上で何者かに連れ去られると、あとはページを止める隙がないほどで、まさに「一気読み」という賛辞がぴったりだ。
序盤のポイントは、アレックスが何故誘拐されたのか?誰に誘拐されたのか?という部分で、アレックスは幽閉される身でそれを考え、カミーユは警察の立場から必死に捜査する。表紙の場面は実際には出てこないのだが、アレックスが何者かに監禁されている状況が継続するのが第一部だ。この小説は第一部だけでも十分に面白い。


それにしても、原題の「Alex」に対して、「その女アレックス」としたタイトル。
「女」という日本語は、(「女性」という言葉と異なり)通常は悪いイメージで用いられるため、ある意味ではネタバレとなってしまうタイトルづけは、それだけで読者を誘導し、困惑させる。
第一部は、監禁されている被害者「アレックス」が何故「その女」なのか最後になるまで分からない。猜疑心に満ちた目でアレックスを見ることになる。捜査の途中で「いやその、正直な所……。この女はどうもうさんくさい」(p137)とカミーユは言い出すが、『その女アレックス』というタイトルで読み進めている読者は、ずっとそれを思っているわけだ。
ただ、原題の『Alex』でもおそらくそのニュアンスが入っているのだろう。物語の展開や設定だけでなく、タイトルも含めて、読者がカミーユの気持ちとシンクロするように物語が構築されているといえるかもしれない。

そして怒涛の第二部、衝撃の第三部と続くが、これ以降はネタバレ。














予想がつかない話が面白いのではない。
誤った方向へ予想するように仕向けられるから、それが裏切られたとき爽快なのだと思う。
前述したように、タイトルもそういったミスディレクション?を仕掛けるが、三部構成という物語の構成も、読者を罠にはめようとする。
第一部は監禁されたアレックスが移動できないこともあり、物語はじっくり進むが、これは第二部のカモフラージュの役割を果たしていると思う。第一部で慣らされたスピード感では、第二部での展開の速さに追いつけない。そして、それがさらにアレックスという女性の謎を深め、共感しにくくしている。
例えば、鼻持ちならない予審判事ヴィダールへの反感もあり、アレックスが連続殺人に手を染めるのは「男への復讐」が動機だとするカミーユの仮説(p247)を読者は支持する。 しかし、わずか数ページ後には、ホテルの女主人が殺されたことにより、仮説は覆される。芽生えかけたアレックスへの同情も崩れ去る。
読者はアレックス視点での物語を知っているのに、彼女の行動を見れば見るほど分からなくなる。そしてそれは、読者よりも後追いで彼女の行方を追っているカミーユにも同じこと。その理解できない感じが継続したまま、突如、第二部は終了する。第二部の展開は高速だ。
ずっとのアレックスとカミーユ、二人の視点から物語を辿ってきたのに、彼らの対決の機会は失われる。

そして第三部。
第二部があのような形で幕を閉じ、謎が残ったままだから、その種明かしがあるのだろうと予想はしてたが、既に「その女アレックス」はいないので、スリリングな第一部、第二部と比較して、気持ちは乗らない。
「どうも家族との関係に何か問題があるらしい」という第二部のヒントがあったため、兄による性的虐待という話が出たときは、物語としてはありきたりでつまらないと感じてしまった。アレックスの兄であるトマ・ヴァスールへの尋問の中、次々と新事実が明らかになる中、第三部は読者をどこに導こうとしているのか?「カミーユの計画」(p355)は一体何なのか、というのが、よく分からないままに物語は進む。
どれだけの事実が明らかになっても、事件は「悲しい過去を持ったアレックスによる連続殺人事件」で、その原因が兄と母親にあったという真実は、アレックス亡き今、空しいだけだ。
「それで、アレックスが強姦罪でわたしを訴えたわけですか?告訴状の写しを見せてもらいましょうか」というトマの言葉をはじめ、「本当の悪」を罰することが出来ないことに苛立ち、胸クソ悪さが増える。


しかし、ここからの展開がこの小説独特のものだった。鬱屈した気分を引き起こすことも、胸のすくような気持ちでラストを迎えさせるための仕掛けだったのだろう。
最後の最後で、直接対決の無かった二人の主人公は、力を合わせることになる。アレックスの遺志を継いだカミーユが、「カミーユの計画」を、つまりそれは「アレックスの計画」を成就させる。この計画に、鼻持ちならない予審判事ヴィダールが従う、というのも読者の溜飲を下げる。
カミーユがずっと会ったことのないアレックスの顔を描き続けたこと、それはつまり誰よりも彼女の気持ちを理解しようと努力したことが、この展開に繋がるというのは全く予想外だった。
このような暗い物語の中で光が見える結末としては最高のものだと思う。


勿論、訳者あとがきにもある通り、登場人物の魅力も際立つ。カミーユ・ヴェルーヴェンのシリーズは現在フランスでは4作出ており、『その女アレックス』は2作目にあたる。今回登場した警察側の4人(カミーユの母親の絵のエピソードは最高)の活躍を見るためにも、残り3作の翻訳を早く読みたいが、待ちきれないので同じ著者の他の作品にも手を伸ばそうか。

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