Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

泥の世界でヒトとは何かを考える〜北野勇作『どろんころんど』

どろんころんど (ボクラノSFシリーズ)

どろんころんど (ボクラノSFシリーズ)

昨年夏から何回かAIBOの話題を見かける。

ロボットだから永遠に一緒だと思ってたのに……。迫りくる「別れの日」を前に「飼い主」たちの努力は続いている。


2006年にソニーがロボット事業から撤退したあとも2014年3月まで続けられた修理サポートが終了したことに端を発するニュースだ。確かに、「ロボットならば自分よりも先に逝くことはない」と心の支えにしていた“愛犬”がもう動かなくなってしまうのはさぞ辛いのだろうと思う。
マンガに出てくるようなロボットと比べると限られた機能しか持たないAIBOでさえ、これほどの悲しみを生んでいるのだから、さらに先に進んだ未来において、ロボットと人間の結びつきは、より強くなるかもしれない。
『どろんころんど』は、AIBOのニュースとは正反対で、アンドロイドが長い眠りから目覚めたときに、人間の不在に戸惑う話になっている。
主人公のアリスは、(カメの形をした)子守りロボット「万年1号」*1を売るために作られたアンドロイド。しかし、起きてみると、売る相手である人間が一人もおらず、代わりに「ヒトデナシ」という種類に属するのだという泥人形たちが跋扈する世界となっていた。
人類は絶滅してしまったのか?
それとも違う世界に旅立ってしまったのか?
そんな疑問を抱きながら、少女型セルロイドのアリスが、子守りロボット・万年1号(姿はカメ)と、泥人形の姿をした「係長」と呼ばれるヒトデナシとともに、泥んこになった東京?を散策していくのがこの本のあらすじ。

「ねえ、ヒトは昔、あそこまで行ったことがあるそうですよ」
突然、係長が月を指さして言った。
「なかなか大したもんですよね、あんな遠くまで。とてもそこまでは、ぼくたちには真似できそうにないなあ」
もちろんアリスも、それは知識として知っている。
「それにしても、何のためにあんなところまで行ったのかな」
それはアリスにもわからなかった。
もしかしたら、それがヒトの仕事だったのだろうか。いったい誰に与えられたものなのかわからないが。
p228


ヒトデナシ達は、ヒトのいた世界を忠実に再現することで、ヒトが戻ってくると信じて、泥の電車をつくり、泥の家電をつくり、泥の会社で何のためなのか分からないが働き続ける。「そういう仕事」をすることになっているから、と無邪気に語る係長は、未知の世界の案内人でありながら、あまり何も考えない。
一方で、アリスは、自分があれこれ思い悩むことで、ヒトの「心」に近づいているのか、と考えながら、ヒトのいない世界を進む。
そういう対比も面白い。


「生きているというのはどういうことか?」「自分以外の世界は本当に存在するのか?」という、素朴な疑問に気づかせてくれるという意味で、(福音館書店の「ボクラノSF」シリーズの主旨に書かれているように)小学校高学年から中学生くらいがベストの年代。(我が家の小学四年生・よう太の読後感も良かった。)

「サイエンス」? いやいやきっとそれだけじゃない。
「ストレンジ」かもしれないし、もしかしたら、「すごい」とか「すてき」だとか。
ちょっと、小難しく「スペキュレイティブ」(思弁的)なんてのもいいんじゃないか。
そういえば「すこし・ふしぎ」なんて言った人もいたっけか。

世界の見方はひとつじゃない。
見方を変えれば、見えなかったものも見えてくる。
分かっているようで分かってないそんなことを、
きっとSFはボクラに教えてくれる。
ちょっと背伸びをしてみたい多感な十代に、
「発想の玉手箱」のような、
読み応えたっぷりのSF作品を贈ります。


もちろん、子どもよりも大人が読む方が、「分かっているようで分かってない」を感じて、ハッと気づかされることが多いかもしれない。
冒頭に挙げたAIBOのニュースも、子どもよりも大人の方が、より実感を持って「飼い主」の気持ちに共感できることと思う。「どろんころんど」自体が、今ある世界を再構築する話だから「今ある世界」を知っている方が、意味を理解しやすい。北野勇作さんの作品で「かめくん」は後半がやや概念的な話になった気がするし、児童用の「かめくんのこと」も一筋縄では行かない内容だった。そういう意味で大人にも読みごたえのある本。
ただ、世界の見方、見え方が一つではないということを知るためには、(やたらに「正しいこと」を追求する傾向のある)若い世代に是非読んでほしい本。


なお、作品世界にピッタリの鈴木志保さんによる挿画が充実しており、デザインも凝っていて、モノとしての魅力が溢れており、手許に置いておきたい本です。
鈴木志保さんの作品には、これまで触れたことがありませんでしたが、生き生きとしているアリスや、のほほんとした係長のイラストを見て、かなり興味を惹かれました。この辺り↓を読んでみようかな。

船を建てる 上

船を建てる 上

船を建てる 下

船を建てる 下

ちむちむ・パレード

ちむちむ・パレード

参考(過去日記)

⇒これを読んだのはもう7年以上前になるのか…。内容は最早うろ覚えだが、この時の感想を読んで、「エヴァンゲリオン」的という表現が出ていて面白かった。今回の『どろんころんど』のラストについても真っ先に思い出したのは、人類補完計画だったので驚いた。改めて読んでみたい。

*1:北野勇作さんの本ではお馴染みのカメ型ロボットです。