Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

伊藤潤二の方程式(4)「神経症的な描線」

もう一昨年のことになるが、よう太と親子二人で初めて観たハリウッド映画『パシフィック・リム』について書く。
自分は、日本のアニメや映像作品へのオマージュに満ちているとの前評判を聞いてから見に行ったが、良い意味で予想を裏切られた。
怪獣映画をあまり見たことがないので、それとの比較は難しいが、エヴァンゲリオンをはじめとするロボット映画との比較で言えば、似ている部分はあっても、あそこが似ているよね…などの感想が一切吹き飛ぶほどに『パシフィック・リム』としか言いようのないものだった。*1
恐怖博物館(9)の巻末解説(映画文筆家の鷲巣義明さん)では、そんなパシフィック・リムの監督ギレルモ・デル・トロについて取り上げられている。題して「鬼才対決!!伊藤潤二とデル・トロ」。
2002年の『ブレイド2』での来日取材のとき、「日本の漫画家やアニメ監督で誰が好きか?」という質問に対して、デル・トロ監督は「宮崎駿大友克洋押井守」に続いて「楳図かずお伊藤潤二、韮沢靖」の名前を挙げたという。
しかも「私は、メキシコのジュンジ・イトウって呼ばれているんだよ」とまで言ったという。
残念なことに、デル・トロ監督の作品は、まだ『パシフィック・リム』だけしか見ていないが、メキシコの伊藤潤二の作品ももっと見てみたくなる名解説だった…。


さて、解説で、伊藤潤二作品の特徴として挙げられているのは、ベタやスクリーン・トーンを使わない“描線”の部分。言葉や文に言霊が宿るというが、伊藤潤二の場合は「描線一本一本に画霊が宿っているほどの気が感じられる」という。
前回の文章では「絵力(えぢから)」として、伊藤潤二の漫画の魅力を表現したが、構図や表情、光の当て方などをさらに細かく分けて残る要因が、この「描線」ということになる。


巻末解説では、具体的な作品と結び付けて語られていないが、この本に収録されている「押切君」シリーズは、その最たるものだろう。そして、押切君シリーズでの主役というのは、押切君よりも、むしろ、「屋敷」と言える。
収録されている6篇のうち「生霊の沼」を除く5編には、押切君が一人で住む「だだっ広い屋敷」が登場するが、その存在感、禍々しさは圧倒的で、押切君にも、次のような台詞を吐かせている。

この屋敷には妙な存在感がある。
生きているような…。(「押切異談・壁」)

そして、その存在感・禍々しさの源泉こそが、「神経症的な描線」で、そう思って改めてシリーズをおさらいしてみると、(物語と無関係でも)この描線こそが読者の心理状態に強く影響してくるのではないかと感じる。楳図かずお全盛期の絵の緻密さもだが、ホラー漫画において、ストーリー以外の部分が読者に与える影響は大きいのかもしれない。


この本に収録されているのは、押切君シリーズ以外では、「フランケンシュタイン」と、4つの超短編(ホラー2編、エッセイ漫画2編)になるが、この10ページ未満の超短編の傑作ぶりもものすごい。特に、飼い犬(マルチーズ)について取り上げた「ノンノン親分」2編は、ただのエッセイ漫画ではあるが、ノンノンの魅力が詰まった作品で、伊藤潤二はホラーだけじゃないことを感じさせる。
まさに充実の一冊だと思う。


ところで、Youtubeを見ると、伊藤潤二漫画は、本当に海外でも愛されていることが分かる。
コミック(英語版)の名シーンを高速でダイジェストする以下の動画は、著作権的に引用の範囲を超えているような気もするが、伊藤潤二の漫画の魅力の一端を伝える内容になっている。(音楽はT.a.t.u


なお、恐怖博物館シリーズは、現在、伊藤潤二傑作集と名前とサイズを変えて出版されているようです。『恐怖博物館(9)押切異談&フランケンシュタイン』と同内容のものはこちら↓


*1:なお、デル・トロ監督本人はエヴァンゲリオンは見ていないとのこと。そうかなあ(笑)