Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

映画『名探偵コナン 業火の向日葵』と朽木ゆり子『ゴッホのひまわり全点謎解きの旅』


毎年恒例のコナン映画。アクションとストーリー展開という例年の観点から見て、今年の映画の良いところを一言でいえば、中だるみがない。悪いところを一言でいえば、大味で唐突。そして謎解きは不親切。全体的には傑作とは言えない出来だった。
しかし、今回はゴッホのひまわりという実在の美術品を扱っており、そこが謎解きの中心を占めているところが普段のコナンとは大きく異なり、例年の映画と単純には比較ができない良さを持った作品だった。

中だるみについて

コナン映画は、少なくとも前半後半に2つの山場が来る。
今回も、後半の山場に入る前に犯人から来た予告に対して捜査を進めるところがあるが、事件(アクション)→捜査→事件(アクション)の「捜査」の部分が中だるみになりやすい。
今回の映画では、「飛行機のシーン」「東郷青児美術館東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館)のシーン」という前半の山場と、クライマックスの舞台であるレイクロックで行われる「日本に憧れたゴッホのひまわり展」という後半の山場がある。
前半の山場のうち、東郷青児美術館のシーンは、7人のサムライの紹介と、作品を支える美術的基礎知識の補強に使われていて、後述するキッド関係の不明点以外はなかなか巧く機能していると思う。
山場の間の「日本に憧れたひまわり展」開催までの繋ぎでは、話がやや日常に戻るため、ダレてもおかしくなかった。実際、過去のコナン映画のいくつかは、このつなぎの展開が上手くないため、中だるみが生じて話が分断されたりしていたが、捜査状況の説明を必要最小限に抑えていたのか、集中力が維持できた。
ただし、入手困難な「ひまわり展」のチケットを少年探偵団の連中がコネのみで手に入れてしまうシーンは、不快だった(笑)

アクション

今回のアクションは、ズバリやり過ぎだった。
怪盗キッドは空を飛ぶことができるため、空を飛ぶことができないという制限ありきでのスケボーアクションが登場しない。コナン映画の良いところは、コナンの生死が気になるくらいギリギリのアクションシーンなのだが、怪盗キッドが登場することで、作品のリアリティ・ラインが一気に非現実寄りにズレるため何でもありの映画になってしまった。
そのため、蘭がコナンの無事を祈るいつものシーンも、あまり共感できなかった。
また、蘭の空手が炸裂するタイミングも納得がいかない。いや、見た人は誰もが感じることと思うが、かなりおかしい。(笑)

分からなかったシーン

一番よく分からなかったのは、東郷青児美術館での100億円のくだり。他のシーンのキッドの不可解行動は、真犯人の偽装だったことが分かり納得できるが、この場面は、キッド自身の意志による行動だが、何が「100億円を空中にばら撒く」というかなり悪質な犯罪に走らせたのか全く想像もつかない。
そして今回の映画の最大の特徴であり問題点は、ストーリーの一番キーになるところの説明が不足していること。例えば、2回ある暗号はゴッホに関する基礎知識(ゴッホ、テオ、ゴーギャンの関係、ひまわりの「三副対」の構想について)がないと理解出来ないが、それについての事前説明がないし、そもそも、真犯人の犯行動機も「ひまわり」に関する知識とリンクしているので、知らずに見た自分には動機告白のシーンはかなり唐突に映った。

そして副読本へ!

結局、映画を観ていろいろと疑問点が残ってしまったので、この本を読むことにした。
これまでコナンの映画をきっかけに本を読むことなど無かったから、一冊の本との出会いという意味では自分の中で過去最大のヒットだ。

ゴッホのひまわり 全点謎解きの旅 (集英社新書)

ゴッホのひまわり 全点謎解きの旅 (集英社新書)

世界の名画の中で最も多くの人に愛され、親しまれているゴッホの「ひまわり」。しかし“ひまわり”十一作品にはそれぞれ多くの謎が存在する!『フェルメー ル全点踏破の旅』の著者が、最新の科学的・歴史的知見に基づきながら、ひまわり全点の謎を解く。世界の美術界のゴッホ新ブームをさらに過熱させるであろう 貴重な一冊! (Amazonあらすじ)


この本で取り上げられるのは11枚の〈ひまわり〉だが、このうち4枚はゴッホがパリにいた時代に書いたものでひまわりは花瓶に入っておらずテーブルの上に置かれている。残りの7枚はアルル時代に書かれたもので、よく知られる、花瓶に入った構図で、コナン映画に出てきたひまわりだ。
コナンの映画の不明点との絡みで言うと、映画での説明が不足していた贋作騒動について詳しく知ることができる。本では7章「東京の〈ひまわり〉と贋作論争」で1章を割いて説明があるので、コナンで気になった人はここだけを読むのもいいかもしれない。
ここでは、東郷青児美術館のひまわりの贋作疑惑の対象になった理由を以下のように説明している。

  • その後の絵画価格の高騰の原因となった、日本企業(損保ジャパン)による高値の落札が世間の注目を集めた。(1987年当時の日本はバブル期)
  • 来歴(所蔵歴)を辿った場合に空白期間がある。
  • 構図が同じ3作品の中で、技法上でいくつか異なる部分がある。(茎の描き方、花瓶のサイン等)
  • ゴッホの典型的な筆使いと異なる。
  • アルル時代に書いた手紙でゴッホが言及したひまわりは「6枚」しかない。

それぞれについて資料を整理しながら、東京の〈ひまわり〉は贋作ではないということを示すのだが、ゴッホの手紙の検証の部分が、ゴッホとテオ(弟)、そして同居していたゴーギャンとの関係が目に浮かぶようで面白い。
また、他作品とのタッチの違いについても、8章「東京の〈ひまわり〉と絵画の科学分析」の中で、詳しく取り上げられている。この部分についてもまさにコナン映画で鍵になった部分だった。


さらに、9章「三副対の〈ひまわり〉」では、ここでも、コナンの映画の暗号シーンの基礎知識が学べるだけでなく、有名な耳切り事件や、険悪になってしまったゴーギャンとの関係が、三副対の〈ひまわり〉という特殊な構成に影響していたという部分も含めて人間ゴッホに近づくことが出来る内容になっている。
その他、5章「白樺派と芦屋の〈ひまわり〉」は、まさに今回のコナン映画の鍵になった話だが、4章「姿を消した〈ひまわり〉」で扱われている7枚の中で最初に描かれた〈ひまわり〉の話も面白かった。1948年以降は「個人蔵」ということだけわかっており、消息不明で誰が持っているかわからず、表の世界に出てくることはないという。コナン映画ではこの〈ひまわり〉をどう扱っていたかは分からなかった。


なお、「芦屋の〈ひまわり〉」の写真複写は調布市武者小路実篤記念館にあるという。映画でも台詞の中に武者小路という名が出てきた。

ゴッホの「向日葵」は、実篤らが提唱した白樺美術館設立運動に賛同した神戸の実業家・山本顧弥太氏が、大正9年に白樺美術館のために当時の金額で2万円(現在の約2億円)の私費を投じて購入したものです。
 白樺美術館設立は結局実現せず、山本氏の神戸市芦屋の自宅におかれていたゴッホ「ひまわり」は、昭和20年8月6日の神戸大空襲で焼失し、“まぼろしのひまわり”“芦屋のひまわり”などと呼ばれています。

ちなみに、1921年の東京での展覧会は京橋の星製薬ビルで行われているという。星製薬というのは、星新一の父親が設立した製薬会社だろう。


これまで、著名な人物も含めて絵画について自分から知識を得たいと思うことがなかったが、今回のコナン映画をきっかけとして、ゴッホ(通ぶるならファン・ゴッホ)という画家のことをほんの少しでも知ることができたのはとても良かった。
東郷青児美術館は近く(新宿)にあるので是非行ってみたい。夏休みは安野光雅展とのこと。

画家、絵本作家、装丁家として幅広い分野で創作活動を続けている安野光雅。なかでも、国内外の取材旅行を通じて取り組んできた風景画は代表的なテーマのひとつです。安野は1963年に初めてヨーロッパを訪れて以来、各国を旅しながら心に留まった風景を描いてきました。それらは、鉛筆の柔らかな線に淡い水彩で仕上げられ、静かな旅情をたたえています。またパノラマの風景を細やかに描き込んだ『旅の絵本』シリーズのように、想像力や遊び心に富んだ風景画も手がけています。
本展は、画家の郷里、島根県津和野町にある安野光雅美術館の所蔵作品から、ヨーロッパの風景に焦点をあて紹介するものです。旅先のスケッチにもとづく旅情豊かな風景、絵本のための創作風景など、水彩原画約100点を展示します。安野光雅が描いた「旅の風景」によるヨーロッパ周遊旅行をお楽しみください。