Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

現代人がこれから古典を読むならこれ〜田辺聖子『おちくぼ物語』

おちくぼ物語 (文春文庫)

おちくぼ物語 (文春文庫)

おちくぼ物語 (文春文庫)

おちくぼ物語 (文春文庫)

書店で平積みにされているのを見て「ジャケ買い×帯買い」で購入した本。
表紙は上にあるよう、いのまたむつみさんによる主人公おちくぼの君の姿で、背景、黒髪、十二単がマッチしていて何度見ても飽きないくらいの、2015年もっとも感動したジャケ。帯はこの通り

美内すずえ氏大絶賛「少女マンガの王道をいくストーリーです!」 平安版シンデレラ物語


帯だけでなく解説でも美内すずえ先生が絶賛されているとあれば、読まずにはいられない。
そういった、内容と全く無関係な部分から購入したこの本だったが実際中身も非常に良かった。


基本的に自分は「古典」と呼ばれるものは苦手で、古今東西、昔の文章は読みやすさの点で劣るからと言う決めつけをしてあまり手を出さないというタイプ。今回の「落窪物語」は、中高の国語の教科書の片隅に出てきた覚えがあるが、それ以降、タイトルを思い出したことも無かった。
しかし、読んでみると、とっつきやすく、「少女マンガの王道」という評価にも納得できるラブロマンス。
これは、何より田辺聖子の「超訳」の御蔭なのだろう。実際、美内すずえは、中学生のときに子ども向け古典シリーズの一冊「落窪物語」読んだが、さっぱり面白くなかったと書いているし、田辺聖子もこのように書いている。

私は大衆小説としての原作の骨格をふまえ、なるべくたのしい読みものとして書いてみた。後半は、しかし、潤色というより換骨奪胎して大団円とした。原作の主人公の無意味な悪どい迫害ぶりは、近代人の我々の感性ではちょっとついていけないので、私の好きなように書きあらためた。(あとがき)


ここでも書かれているが、この物語の構成は自分にとっては少し意外だった。
基本的な骨格は、帯にもあるように「平安版のシンデレラ」で、継母にいじめられた主人公が、「王子様」と結婚する話となる。
そうであれば、構成は「(1)いじめ(2)出逢い(3)結婚」となるだろうと予想していたが、読んでみると「(1)出逢い(2)いじめ(3)結婚(4)復讐」とするのが自然だろう。
まず、確かに冒頭で主人公が、継母によって辛い境遇に置かれている(屋敷のはずれにある、土間のような低い部屋にすまわされ、落窪と呼ばれている)ことが分かるのだが、すぐに「王子様」役である右近の少将に見初められる。つまりシンデレラでいう(1)いじめ→(2)出逢いの過程が弱いので、どう盛り上がるのか読み切れなかった。
しかし、「通い」の状態からいつ連れ出そうかというタイミングで、継母である北の方が邪魔をし、落窪を幽閉してしまう。北の方が継子にあたる落窪をことさらに嫌うのは、落窪の実の母親の高貴な出自に対するコンプレックスが理由なのだが、このシーンでの落窪への仕打ちは酷いもので、これがさらに後半部への布石になっている。
さて、古典的なRPGのように、右近の少将は、幽閉された場所から落窪を救うのだが、そこで話が終わらないところがこの話の面白いところ。そして、平安時代の大衆が物語に何を求めたのかがよく分かる展開となっている。それが上に挙げた「(4)復讐」ということになる。
ここは必要ない部分のように見えて、前半部に張られた伏線が次々と回収されていることも含めて胸のすく展開となっている。そして、この復讐譚が大団円を迎えてハッピーエンドっぽく終わるところも、田辺聖子さん素敵!と称賛したくなるいいアレンジになっているのだと思う。


しかし、この物語の魅力は、構成より何より人物造形だ。

何が魅力的かというと、主役から脇役まですべてのキャラクターが立っていることだ。(略)
たぶん、人間の大好きな田辺さんが愛情を込めて書いているからだろう、敵役でさえどこか愛嬌があって憎みきれない。「くんくん、若いおなごの肌の匂いはたまらんなあ」となぜか作中でひとりだけ大阪弁をしゃべりながら、姫を手籠めにしようとする典薬の助のいやらしさ…
美内すずえ解説)

話の中の主要な登場人物はそれほど多くはなく、しかも「貴族と召使」(典薬の助はお抱えの医師だが)というセットになっているのが分かりやすい。例えば、こんな感じ。

  • 落窪−阿漕(のちに衛門)
  • 右近の少将−帯刀
  • 典薬の助−犬丸

悪役は悪役らしく、ヒーローはヒーローらしく活躍し、(典薬の助の大阪弁アレンジは強烈だが)口語訳の台詞も分かりやすい。とにかく全てが分かりやすい物語になっている。美内すずえが解説をこんな文で締めているがまさにその通りだと思う。少なくとも、自分にとっては、とても良い入口になった。

古典との出会い方はとても大事。私は自信を持ってこういいたい。現代人がこれから古典を読むなら、田辺さんの『おちくぼ物語』から入ってほしい、と。
美内すずえ解説)