Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

残酷×かわいい〜マリー・ポムピュイ、ファビアン・ヴェルマン『かわいい闇』

海外のマンガ全般を指す「ガイマン」という言葉があります。

「ガイマン(GAIMAN)」ということばをご存知ですか?
 アメコミ(アメリカ合衆国)やバンド・デシネ(フランス語圏)、マンファ(韓国)など、日本以外の地域で制作された海外のマンガ全般を指す造語です。
 日本では、まだあまり知られていませんが海外には日本のマンガとは制作方法も表現スタイルも異なる、多様で魅力的なマンガの文化と歴史があります。 最近、日本でもそれら「ガイマン」が色々紹介され始めてきましたが、まだまだ多くの方に知られているとは言えません。
 「ガイマン賞」は、そんな日本ではまだまだ注目される事の少ない、ガイマンの魅力をより多くの方に知って頂く事を目指し設立されました。

今回の『かわいい闇』はそんなガイマンの一冊で、ガイマン賞2014の第3位に選ばれたフランスのバンド・デシネということになります。これまでなかなか読む機会がありませんでしたが、ちょうど紀伊国屋ビブリオバトルでガイマンを特集した回があり、なかなか面白そうだったので、そのときに紹介された本を一冊読んでみました。


かわいい闇

かわいい闇

表紙に映るのは主人公の漫画風の女の子オロール、そして背景で目を伏せているのは少女の死体。
ここにも現れているように、作品全体に「緊張感」が漂い、他では得難い独特の読書感覚を与える。
起承転結が明白なストーリーがあるわけではなく、それよりも、この緊張感を味わう作品だと感じた。


緊張感とは何か。
普通、漫画や童話を読むときには、暗黙のルールがあり、そのルールの中だからこそ安心できる部分がある。たとえば、この『かわいい闇』のように、動物と人間(こびと)が登場する場合、彼らは仲良しで言葉は通じ、協力し合える。または、もっと常識的に、友だちを傷つけない、というようなルールだ。
しかし、『かわいい闇』では、そういったルールは破られ続ける。
小さな女の子が蛆虫を食べていたり、雛の真似をして鳥の巣で口を開けている少女の喉を親鳥が切り裂く、などというシーンが序盤から連続する。


読み進むと、そういった暗黙のルールというよりは、ここで描かれているキャラクター達の行動は、子ども時代に親から禁止されていた行為や、今思えば残酷だった悪戯であることに気が付く。

  • しつこく友達の真似をする
  • 虫の足を引きちぎる
  • トゲのある草や針のある虫に触る
  • 物を食べながら喋る
  • 汚いものを触る
  • 友達の陰口を言う
  • 友達の持ち物を勝手に取る
  • 友達の嫌がることをする
  • 大切なものを地面に埋める
  • 友達を裏切る
  • 友達の目に直接触


それぞれは、読者に「何であんなことをしてしまったんだろう?」という後悔や、自らの残酷行為に対する純粋な疑問を引き起こさせる。そういう経験が豊富な人ほど、いわゆるトラウマ的に思い出が甦るだろう。
自分の目にどう映っていたのか思い出せないが、昆虫やカエルなど子ども時代に苦手意識がなかったものが、大人になると怖くなる、苦手になる、ということがある。『かわいい闇』で描かれるカエルや鳥、ネズミなどの自然生物は、どれも怖い。何か悪いことを起こしそうで、実際に、彼らを招いたパーティーでオロールは散々な目に遭う。これは、一般的な大人が自然生物に抱く感覚と似ているのかもしれない。
オロールとネズミとの関係が典型的だが、オロールは、最初は子ども時代の感覚(みんな仲良し)で、動物や友達と接するが、次第に、大人の感覚に変化し、嫌なものは駆除するようになってくる。
また、いじめっ子であるゼリーとの関係も同様だ。
最初は、「あの子、気はいいんだけど、どうも頭がトロいのよね」と陰口を叩かれながらも、ゼリーを助けるが、彼氏エクトルを略奪されてからは、復讐に燃え、非常に残酷な方法でそれを成し遂げる。
つまり、かなり異質ではあるものの、オロールの成長物語としても見ることができる。


さて、オロールという名が、死体の少女の手帳に書かれていたことを考えると、死体の少女はオロール自身ということになる。冒頭は、オロールとその仲間が死体から外に出るところから始まるが、少女の死とともに彼女たちが生まれたと考えられるだろう。
そう考えると、オロールだけでなく、ゼリーもティモテ(片目の黒髪少女)も、亡くなった少女を細かく分けたうちのひとつの人格ということができる。つまり、一人の人の中に、主人公的な性格と意地悪な性格、汚いもの・暗い場所が好きな性格が共存しているということを示しているのだろう。
だから、読者は、ゼリーのような意地悪で身勝手な登場人物に対しても、かつて自分自身がそうだった時代を振り返り、居心地の悪い読後感を得る。死というのが作品の重要なテーマではあろうが、それと合わせて、自分の中にある(もしくはかつてあった)残酷な一面に目を向けさせるというのが、作品の狙いなのだと思う。


なお、巻末の訳者による原作者への特別インタビュー記事は良かった。
ここでは、物語を一つの意味に回収してしまわないよう曖昧さを持たせた点や、物語の場所を森に限定し、死体を背景とすることで、季節の移ろいと時間変化が伝わるようにした点など、いろいろな工夫がなされていることが分かった。
巻末で改めてピックアップされたシーンを見返しながら、書き込み過ぎずに絵として美しく、ジブリアニメを思い出す。ストーリーを考えると、ネズミの皮を被ったオロールは、復讐心に満ちていて怖いが、絵として見ると、萌え要素があり、ポスターとして飾りたいくらい。
総括すると、日本の漫画ではなかなか味わえない物語で、絵も非常にきれいで、しかもジブリっぽさがある日本人に馴染みのある絵柄でとっつきやすい、いい本でした。オススメです!

Amazonより