- 作者: 吾妻ひでお
- 出版社/メーカー: イースト・プレス
- 発売日: 2013/10/06
- メディア: コミック
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本の内容について、先日読んだ『性依存症のリアル』でもそうだったように、自分の一番の関心は、アル中の人はどのように依存症を脱して社会復帰していくのか、という部分だったが、この本を読むと、「依存症は治らない」と基本的には考えておいた方がいいと納得した。
実際、入院中に酒を飲んで反省部屋(通称ガッチャン部屋)に入れられるキャラクターも多いし、吾妻ひでお自身も退院後に強烈な飲酒欲求に襲われて自動販売機でお酒を購入するところまで行ってしまった(にらめっこした挙句、飲まなかった)様子が巻末漫画で描かれている。
もちろん改善はするが、それがいつまで続くかは本人も分からない、そういう不安定さを読んでいて感じた。
なってしまえば「依存症は治らない」として、それでは、どのような人が依存症に陥るか、ということについては本の中で言及がある。幼少期の体験という半ば環境的な要因もあるが、自己愛を育て、他者と健康な依存関係をつくっていくことによって、依存症になりにくい性格にすることが可能のようだ。
ではなぜ依存症者は陶酔感を求めるのか
素面(現実)への不安感・空虚感を否認するためです(略)
不安や空虚感にとらわれる要因はひとそれぞれ多種多様です
幼児期の
- 拒絶体験(放置・見捨てられ・愛情の拒絶)
- 過保護(芝生的母子関係)
- 早すぎる責任分担(長男・長女)
これらの体験から過剰な依存欲求を持つ性格が生まれてくるわけです
100%以上の愛情を他人に求めてしまう
なにかと「退屈だ退屈だ」と言ってる人は一人を楽しむことができない
自己愛(自立)が育っていない人です
p218
依存症には過剰適応的性格の人が多いとされています
- がんばりすぎる
- 頑固すぎる
- 高望みしすぎる
- 割り切りすぎる
- 惚れ込みすぎる
- 中庸がない
独自性にこだわりすぎないのが大事
そして健康な依存関係を作っていくこと
p219
退院前に「これから酒を断って生きていくために重要なことは、酒の無い生活での心の空洞を何で埋めるのかを考えること」と医師から言われるシーンがある。(p291)
本人が言うように、吾妻ひでおの場合は、やはり漫画を描くことになるが、もともと、このような趣味・仕事が無い人も多いだろう。その場合、やはり酒に救いを求めざるを得なくなりそうだ。
そして、吾妻ひでおの場合、ここまで復活できたのは、家族の協力があったからというのは間違いないと思う。本の中でたびたび登場する奥さんと二人の子ども、彼らが見捨てなかったことは、きっと心の支えになったのだと思う。
このあたり、つい最近読んだ桜玉吉『漫喫漫玉日記深夜便』の「ひとりっぷり」が凄かったので、それとの対比でも強く感じた。(桜玉吉は離婚して独り身)
ところで、性依存症が赤の他人への被害を引き起こすのに対して、アルコール依存症で被害を受けるのは本人とその家族に限定されると考えて、(アルコール依存症の身内がいない)自分にとって他人事のような気もしていた。
が、本書の中で、吾妻ひでおが他の入院患者の経験談を聞いて血相を変えたように、アル中の飲酒運転は多いようだ。(吾妻ひでお本人は免許を持っていない)
最近は、高齢者の運転や脱法ハーブなど吸引者による事故について取り上げられることは多いが、依存症患者による飲酒事故も含めて、道路歩行時は気を付けたいと思った。
なお、風景描写(水車小屋など、出てくる川の風景は基本的に野川)や地名(国立天文台、深大寺)に知っている場所が多く登場するので、調べてみると、物語の舞台となる「アル中病棟」は、ランニングコースで近くを走ることの多い長谷川病院だということを知った。(西原理恵子との対談では、病院名を出している)
漫画の中で登場する人が、今もこの中に暮らしているのかもしれない…ランニングしたときに裏山からチラリと見える中庭を覗きながら、そんなことを考えた。風景の中に交じってしまっているからこそ、『アル中病棟』という漫画は、なかなか心の中から消えにくい、強烈な印象を残した。
参考(過去日記)
- 治療にあたる医師の本音〜榎本稔『性依存症のリアル』 (2015年11月)
- ニーバーの祈りと岡村靖幸(2008年4月)→7年前の岡村ちゃんはこんな感じだったのか…。『失踪日記』にも言及。
- 桜玉吉『幽玄漫玉日記』(1)感想(2007年7月)