Yondaful Days!

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優しさ溢れる恋愛&家族漫画〜松田奈緒子『レタスバーガープリーズ.OK,OK!』

レタスバーガープリーズ.OK,OK! 1 (YOUNG YOUコミックス)

レタスバーガープリーズ.OK,OK! 1 (YOUNG YOUコミックス)


泣いて笑ってスッキリ読み終えることができた物語だった。全10巻もちょうど良い。
ひとことで言えば、優しさに溢れた家族の漫画ということになるが、そのポイントはあとに置いておいて、とにかく自分にとってこの漫画を語る上で欠かせないのは、不器用な主人公・綾の別人格とも呼べるオネーギン先生。意味が解らないくらいにハイテンション過ぎるところがツボで、登場のたびに大爆笑してしまった。
全体的に不思議なバランスの漫画で、笑いも悩みも、完成度よりも勢いで描き切った感じ。これから読む人は騙されたと思って4巻まで読んでほしいと思います。(1〜3巻は話がバラバラ過ぎて人によって受ける印象が異なると思う)
←大好きなオネーギン先生(占い師)


ところで、昨年末あたりから、借りたりもしながら少女漫画、というか女性漫画家の作品を読むことが増えた。そうすると、自分がこれまで読んできた少年漫画との違いが、やっぱり気になってくる。
これだけ色々な漫画があるのに、今さら男女の別というのも変な気がするが、やっぱりそこが気になる部分。特に今回、絵柄が独特なこともあり、自分ではほとんど選びそうにない漫画を読んだので、強く感じた。
いや、自分が読もうとする漫画のタイプがどうしても似てきてしまうだけなのかもしれない。そういう意味では、自分と違うアンテナから教えてもらう作品はとても貴重だ。

少女漫画におけるトラウマの描かれ方

レタスバーガーで、主人公である綾の思考・行動の真ん中にあるのは、何度も登場する過去のトラウマ(青木センセー問題)。このトラウマの描かれ方に、昨年読んだよしながふみ『愛すべき娘たち』にも共通したものを感じる。
これまで慣れ親しんだ少年漫画であれば幼少期の嫌な思い出さえも倒すべき敵、もしくは具体的に、親の仇として実体化させて描かれるような気がする。
それが、この漫画(や『愛すべき娘たち』)の場合は、トラウマは、倒す相手ではなく、自分で受け入れるべき業(ごう)のようなものとして扱われ、すぐに真正面から対峙しない。つまり、稲造がキャバクラ嬢の由梨亜ちゃんに言った言葉を使えば「時間でしか治せない瑕」に対しては、何度もやり過ごした上で、時機が来るのを待つ。


そういう理由なのか、この漫画では「先延ばし」が多いように感じた。
例えば、青木センセーの話は書いた通りだが、6巻で初めて登場した稲造の両親のことについても、綾はあえて踏み込まず、明らかにするのに最終10巻まで時間をかけている。
そうやって見ると、やはり第一巻の最初の話は、青木センセーの問題ですら一旦クリアになったような描かれ方をしており、相当にイレギュラーな回。初回にはぴったりだが、それ以外の回では何故これ?となるタイトルも含めて、連載を意識せずに読み切りで描かれているのだろう。


さて、結局、青木センセーの話は、9巻で綾が自分の小説に昇華させることでケリをつけることになる。少年漫画であればクライマックスになったであろう、稲造が青木センセーを殴るシーン(5巻最初)は、漫画内では決定打にはなっていない。あくまで綾の問題は自身で、自分の中で解決されなくてはならない、ということだろう。
トラウマ問題は今後も研究課題としたい(笑)。

「優しさ」に満ちた漫画

9巻10巻は涙なしに読めなかったのだが、どこに感動したかといえば、やはり色々あった上でのゴールイン。
というと月並みになってしまうが、2人が困難を乗り越えたことよりも、2人の「優しさ」が広がったことが良かった。例えば、詩礼ちゃんや空素景(マリコ)の内面が良い方向に変化していったことの上に、幸せがあるのが良かった。
恋愛を題材にしていながら、2人の中で閉じていないからこその嬉しさを感じた。


特に、綾の「優しさ」が、この漫画をとても魅力的にしている。
優しさは、恋人同士であれば、まずはお互いに向けられるのが普通だ。しかし、綾の優しさは稲造以外にも広く向けられる。稲造は「綾は他人の感情に敏感(で影響を受けやすい)」(6巻)というが、本来の(取り繕わない)心の優しさは、特に親しくない人にこそに向けられるものかもしれない。*1


作品内では例えば梅子さんのエピソード(稲造祖父への想いを知ってから優しくなる回)や、マリコにマニキュアを贈る回などがある。(ただし、津島修治のように、それが優しさなのか惚れっぽいのか区別がつきにくいのが、稲造が憂えている部分なのだとは思う。)
しかし、何より詩礼ちゃんに対する綾の優しさに感動した。妬みと自己嫌悪でねじれにねじれた性格の詩礼ちゃんについては、漫画を読む側もイライラしてくるし、むしろ彼女に悪いことが起こった方がスッキリするとさえ思った。しかし、同級生だったケーコも諦めてしまった彼女に、綾は救いの手を差し伸べる。
このエピソードが綾の性格を決定づけるのと同時に、作品全体を「優しいもの」としている。


また、結局は漫画の描かれ方によるのか、「作者の優しさ」も青木センセー以外のすべてに向けられる。
シロシ等、端役の扱いが優しい。悪者がいない。長老女子と仲の悪かった結花や橋本研でさえ、完全な悪人扱いすることを避けているように見える。
自分がオネーギン先生の次に好きなキャラクターである(サルサで踊る)お母さんも、お笑い&ぼやき担当というわけでなく、時にその心情をストレートに吐き出す。2回しかないお父さん回も強く印象に残る。
そこには、実の両親のいない稲造との対比を際立たせるという計算もあったのかもしれないが、両親含め、メイン以外のキャラクターの人間性がよく出ていることも、やっぱりこの漫画の大きな魅力だと思う。

終わらせ方について

この漫画は第一回が変わっているだけでなく、かなり変わった終わり方をする。(稲造が中学時代の初恋の思い出を語ったあと、婚姻届を出した役所で彼女と再会するコマで終わり)
これは、愛着あるキャラクターたちと別れたくなかった作者が物語を閉じたくなかった、というのが一番の理由なのかなと思う。勿論そこには、結婚がゴールというわけではない、という意味も持たせたかったのかもしれないし、一旦話がまとまっている第一回の終わり方の焼き直しにしたくなかったということもあるのだろう。
もうひとつは、あまりに完璧に「いいひと」過ぎる稲造をもう少し崩して終えたかったということも言えるのではないかと思う。実際、9巻の終わりくらいから稲造の弱い部分を押し出しているが、稲造については、もっと内面を描いておきたかったという気持ちが現れているように感じた。


ただ、どちらにしても、全体が凸凹した漫画なので、このラストはむしろしっくり来る。
長いようで短い、あっという間の全10巻。メインの二人だけじゃなく、登場する全てのキャラクターの中に、読む人の気持ちをハッピーにさせる「優しさ」が溢れる漫画でした。


ひとことあらすじ&名言

  • 1巻
    • 読み切り回
    • 綾、稲造の気を引こうと努力するも逆効果
    • 綾、資産家のシロシとデート
    • 綾、一人暮らしに挑戦。お母さん、サルサ教室に。
  • 2巻
    • 2001年 新春箱根旅行(怪談)
    • 行きたくない高校同窓会(青木センセー問題再び)
    • お母さん老後の資金問題。犬を飼うことに…。
    • 長老女子活躍合コン。オネーギン・ハルコ先生初登場。
  • 3巻
    • 綾、二モール王国王子と結婚(ミュージカル)
    • 稲造の父方祖母の梅子さん登場。
    • 動物に対して優しいお父さんの回
    • 詩礼(しいれ)ちゃん初登場。青木センセー後姿登場。稲造コマネチエピソード。
  • 4巻
    • 詩礼ちゃん、青木センセーの巻

世の中にはいろんな人がいて
時にみんな自分と同じ考え方をするんだって誤解して
誰かを傷つけてしまう
私はもう稲造がいるから傷ついてもスグに治るけど
詩礼ちゃんにはいないから…
なるべく優しくしたいのだ(p72)

それはね
「幸せな家庭で育った人」が嫌いなんじゃなくて
「幸せな家庭で育った鈍カンな人」が嫌いなんだよ
両親いても不幸な人はいるし、幸せな人もいる
片親しかいなくても幸せな人はいるし不幸せな人もいる
両方いない人だっている


それに 自分が傷ついたと思う分
自分も誰かを傷つけてるもんだよ(P132)

  • 5巻
    • 青木退場。詩礼ちゃん、いい子に。
    • 長老女史結婚式。オネーギン再登場。稲造プロポーズもスルー。
    • 浪紫咲(なみしぶき)春日先生登場

私は幸せよ
一つ一つ自分で選んで歩いてきた道なの
なんの後悔もないわ

    • 綾&稲造、景子&学で江戸城ブルデー
    • 2週間しか飼えないカラス(慎太郎)。風切羽に手を伸ばすお母さん…。
  • 6巻
    • 初登場の宝さんの口から稲造ママは稲造と血が繋がっていないという話が。(津島修治ひとコマ登場)
    • 津島修治(太宰治の本名に由来。女性恐怖症)、稲造と組みたいとゴネる。
    • 稲造パパの話少しだけ。綾、津島修治に惹かれる。
    • 綾、看病しに来てくれという嘘に引っ掛かり、津島修治の自宅に行ってしまう。
    • 稲造、ちょっと怒る。そして本当に風邪をひいた津島の家に看病に行く。
  • 7巻
    • 稲造と津島修治の前に「妻の正子」登場。
    • 綾、宝さん(熊)の口から稲造がアフリカに行くという話を聞くも稲造は否定した上にプロポーズ(スルー)
    • 正子が綾に会いに来る。

稲造が津島にかまうのは…
本を見たい事もあるけど
自分の父親と重なってるのかもしれないな……
自分達をおいて出ていった……

    • 津島、父親としての役割を果たすため青森に帰る。
    • 長老女史の離婚危機にオネーギン先生再々登場。環境系の区議会議員を勝たせようと奔走。
    • 吾介・梅園半世紀ぶりの仲直り。稲造、綾とシロシの仲に嫉妬。
    • カメオ劇団(宝塚歌劇団)の回。
    • 稲造の秘密を探る。
  • 8巻
    • 綾と稲造、平家の落人村に迷い込む。
    • 空素景の代理サイン会で稲ママとニアミス。橋本研登場。
    • 空素景が綾のライバルとして登場。景子と橋本研急接近。
    • 空素景の考えを知り、作品に集中するためにしばらく会わないことを決める綾。

彼女は文士なんだ…
昔 日本にいた 筆を持つ士
身なりに構わず 私生活をギセイにして作品にうちこむ
(P136)

    • モチ搗きイベントでダメなやつと知れる橋本。一方、同居、姓の変更が景子の気持ちのブレーキに。

由梨亜ちゃん 愛は万能じゃないよ
心には愛では直せない瑕がいっぱいあるんだ
仕事でしか治せない瑕
友達にしか治せない瑕
時間しか治せない瑕
君の瑕はボクじゃ治せないよ

    • 綾、マリコ(空素景)と友達になる。橋本、プロジェクトから外される。

…ラスト書き直さなきゃ
わたし…間違ってた…
「娘」は恋を知ったんだもの
白でなんかあるハズがない…
人生は始まったんだもの

    • 橋本、勘違い野郎のまま退社。景子、学を信じて結婚を決意。
    • 綾、TV出演に向けて(ゴルゴ線消すなど)頑張るも、憧れのミネンコのメイクを受けたのは綾ママ。
    • 編集担当・須春の回。
    • 「ワじるし」に合わせて、エロ回。稲造の弱さが少し見えて、綾が強気に出る。
    • 番外編:シロシ、胸毛を剃る
    • 番外編:結婚指輪選び
  • 10巻
    • 綾、稲造の実家に行き、稲ママのエリと初対面。
    • エリと梅子の良い話。ミネンコ紹介のときには綺麗だったマリコは元通りに。
    • お父さん、知人の結婚式に感化されて、突然「娘はやらん」と言い出す。
    • 6人での家族旅行。稲造と海辺で話したことがきっかけでお父さんのOKが出る。景子の妊娠発覚。
    • 景子結婚。マリコ、シロシと出逢う。オネーギン再々々登場
    • 稲造の中学時代。父子家庭の安達に影響されてバイトを始める。
    • 稲造、修学旅行先の京都で仏像に目覚める一方、安達に好きだと打ち明ける。婚姻届を出したあとに安達にバッタリ会ってしまう。(終)

豪…オレ…
安達みたいな人間になりたい…
不幸なコトを人のせいにしないで
全部自分でのりこえていけるような人間になりたい

*1:特に、益田ミリ『どうしても嫌いな人』にも書かれていて、最近も事件があった「店員さんへの態度」問題は、「優しさ」以前の問題である気もするが、何でなのか考えてしまう。→ http://togetter.com/li/921568