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すぐに役立つものはすぐに役立たなくなる〜橋本武『〈銀の匙〉の国語授業』

〈銀の匙〉の国語授業 (岩波ジュニア新書)

〈銀の匙〉の国語授業 (岩波ジュニア新書)

荒川弘の『銀の匙』をAmazonで検索したときに出てきて、事前の知識ゼロ、タイトルだけをきっかけに知った本。
この本に出会うまで全く知らなかったが、作者の橋本武は灘中学・高校の国語教師(灘を出る前は教頭)で、中勘助の自伝的小説『銀の匙』を扱った独自の授業で知られる。Wikipediaから引用。

1950年、新制灘中学校で新入生を担当することになった時点から、「教科書を使わず、中学の3年間をかけて中勘助の『銀の匙』を1冊読み上げる」国語授業を開始する。単に作品を精読・熟読するだけでなく、作品中の出来事や主人公の心情の追体験にも重点を置き、毎回配布するガリ版刷りの手作りプリントには、頻繁に横道に逸れる仕掛けが施され、様々な方向への自発的な興味を促す工夫が凝らされていた。同年10月、東京教育大学(現:筑波大学)教授の山岸徳平が授業を見学し、「横道へ外れすぎではないか」との批判を受けたが、これこそがこの授業の最大の目的とする所であった。
この授業を受けた最初の生徒たちが、6年後の春には東京大学に15名合格(1956年・新制8回生)、更にその6年後には東京大学に39名・京都大学に52名合格(1962年・新制14回生)、また更に6年後には132名が東京大学に合格し、東京都立日比谷高等学校を抜いて東大合格者数全国一位となる(1968年・新制20回生)。その後も6年おきに120名(1974年)、131名(1980年)が東大に合格という快挙を成し遂げる。


中学3年間をかけて一冊を読むというのだから、まさにスローリーディング。「こんな進行では一冊終わらないのではないか。」という生徒の質問に対する答えには、勉強全般に対する作者の基本的姿勢が現れている。

スピードが大事なんじゃない。すぐに役立つものはすぐに役立たなくなる。

いわゆる「銀の匙の授業」の特徴は次の通り。

  • 独自のプリント(研究ノート)を用いた授業
  • 横道にそれる(語句の意味、使い方、似た感じ等々)
  • 知識にとどまらず追体験を重視(凧揚げ、百人一首

たくさんの著作のある方で、後半の趣味の話も合わせて考えると、とにかく凝り性なのか、研究ノートにかけた時間は生半可なものではない。内容もさることながら、いわゆるガリ版に費やした時間は相当なもので、特に、徒然草の草書体のガリ版では3行やるのに休みなしでやって1時間、1ページ12行だとすると、それだけで4時間かかるという想像を絶する作業。そういう意味でも、速度や効率のみを追い求める風潮を否定したい気持ちは強いのだろう。


また、グループ学習にも意欲的だったようで、高校2年生の夏休みの宿題に古典の共同研究レポートを課した話があり印象的だった。国語学習を、受験を目的とした「孤独の戦い」に終わらせずに、あくまで学習意欲を伸ばし、基礎的な力を身につけるためのものとしたかったという思いが表れている。

このグループ研究では、個人が個人の力を超えた成果をあげ得ることをまた証明してくれました。
個人の力を超えた・・・といいましたが、それは実は個人の裡にかくれていた力そのものなのでした。それを、自分だけの努力では、いくらもがいても暗中模索にすぎなかったものが、グループの力によって、同じ仲間の複数の力によって引き出されたものでした。共同の力の強大さとその効果とを、この業績をあげた若者たちは、肝に銘じたにちがいありません。
p147


また、先生自身の魅力というのも、やはり授業においては大きな要素だと思う。自分の高校時代を思い出しても、授業内容の外で先生に対する信頼というものが生まれる部分も少なからずある。
国語授業関連で言えば、著作のイラスト古典全訳シリーズなど、イラストを入れて苦手意識を持たせないような工夫もあり、ついてこられる人間だけついてくればいいという授業ではなく、生徒の気持ちもよくわかる先生であったに違いない。
また、後半で示される宝塚をはじめとする様々な趣味もなかなか面白い。
40代は郷土玩具収集、50代は社交ダンス、60代は宝塚歌劇。その他、短歌、謡曲茶の湯、おしゃれ。
著作も『枕草子』全訳を出したのが80歳ちょうど(1992年)で、それから80代、90代と、『源氏物語』の完全現代語訳に取り組んだという。


この本を出した翌年の2013年に101歳で亡くなってしまったそうだが、ここまで人生を味わい尽くすことができたのだから大往生と言える。自分もいろいろなものにチャレンジした上で、若い人たちに伝えられるものを増やしていきたい。


毎月一冊指定した読書課題の36冊

教科書として使っている『銀の匙』が岩波文庫であることから、生徒には、毎月、岩波文庫の1冊を読書課題として与えたという。本の中では1974年卒業の指定図書リストがあった。自分や子どもたちの読む本の参考として、読みたいなと思った本をまとめておく。

山椒大夫・高瀬舟 他四編 (岩波文庫 緑 5-7)

山椒大夫・高瀬舟 他四編 (岩波文庫 緑 5-7)

小僧の神様―他十篇 (岩波文庫)

小僧の神様―他十篇 (岩波文庫)

荒野の呼び声 (岩波文庫)

荒野の呼び声 (岩波文庫)

愛の妖精 (岩波文庫)

愛の妖精 (岩波文庫)

デミアン (岩波文庫 赤435-5)

デミアン (岩波文庫 赤435-5)

新訂 福翁自伝 (岩波文庫)

新訂 福翁自伝 (岩波文庫)

阿Q正伝・狂人日記 他十二篇(吶喊) (岩波文庫)

阿Q正伝・狂人日記 他十二篇(吶喊) (岩波文庫)

水と原生林のはざまで (岩波文庫 青 812-3)

水と原生林のはざまで (岩波文庫 青 812-3)

フランクリン自伝 (岩波文庫)

フランクリン自伝 (岩波文庫)

トニオ・クレエゲル (岩波文庫)

トニオ・クレエゲル (岩波文庫)

雨月物語 (1951年) (岩波文庫)

雨月物語 (1951年) (岩波文庫)