Yondaful Days!

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トースターをめぐる冒険〜トーマス・トウェイツ『ゼロからトースターを作ってみた結果』

この世界が消えたあとの 科学文明のつくりかた

この世界が消えたあとの 科学文明のつくりかた


『この世界が消えたあとの 科学文明のつくりかた』という本がある。「何らかの原因で文明が滅びてしまったあと、ゼロからどうすれば文明を再建できるのか?穀物の栽培や鉄の製錬、印刷、発電、輸送機器、医薬品など、現代生活の基礎となる科学技術をどのように復活させるのか?」という内容で、昨年末の時点で序章も既に読み終えて、さあこれからというところで停まってしまっている。
通勤時に持ちにくいハードカバーで、かつ、「少し内容が細か過ぎて自分にはついていけないのでは?」「途端に読書スピードが減って他に読んでいる本に悪影響なのでは?」などの懸念が、興味・関心の駆動力を上回ってしまっているためだ。この罠にはまると、全体を読み切るための勢いを得ることは難しく、いわゆる「積読」の状態が継続することになる。
そこで同趣旨でありながら、タイトルも内容も、そして文庫本という形態も、全てが軽そうに見えるこの本を読むことにした。

トースターをまったくのゼロから、つまり原材料から作ることは可能なのか? ふと思い立った著者が鉱山で手に入れた鉄鉱石と銅から鉄と銅線を作り、じゃがいものでんぷんからプラスチックを作るべく七転八倒。集めた部品を組み立てて みて初めて実感できたこととは。われわれを取り巻く消費社会をユルく考察した抱腹絶倒のドキュメンタリー! 『ゼロからトースターを作ってみた』改題。

ゼロからトースターを作ってみた結果 (新潮文庫)

ゼロからトースターを作ってみた結果 (新潮文庫)


面白いのは作者が学生で、卒業制作のために「ゼロからトースターを作る」課題に取り組もうとしていること。
専門家ではないので、大学教授や製鉄所に行って、自分の思いつき(そう、まさに思いつき)が実際に可能なのか、どのような方法で可能なのかについてリサーチしていく。
重要なのはルール。文庫の巻末解説はブロガーのfinalventさんだが、非常に分かりやすいまとめになっているので、そこから引用する。

それでも、「ゼロから作る」という意味は曖昧でもある。そこで作者は3つのルールを決めた。1つ目は目標設定。完成品はトースターの役目をすればいいだけの代替品ではなく、普通に市販されているトースターに近いものとすること。2つ目は、地球が産出する原料を使うこと。3つ目は産業革命以前の手法を使うこと。
(略)
それと明示されてはいないが、本書にはこっそり第4のルールが存在する。「気が向いたらルール違反をしちゃえ」である。

ルール違反の典型はプラスチックだ。作ろうとしているトースターの筐体はプラスチックでできているため、これも原材料から作る必要がある。
最初に作者は、プラスチックの生成は無理だと教授連から忠告されているのにも関わらず、石油を手に入れようとBP社の広報に電話する。「もしもし…。石油の採掘場にヘリコプターに乗っけて行ってもらってバケツ一杯くらいの石油をもらいたいのですが…」という具合に。答えは勿論ノー。
次に、石油ではなく植物由来のバイオプラスチックに取り組むことにする。驚いたことに、じゃがいものでんぷんを使って実際にプラスチックを作ることは確かに出来た。(「レシピ」があるので、実際に試してみることさえできそうだ)しかしすぐにひび割れてしまった。
そこでトライしたのが…という最後の方法は(ここでは伏せるが)、2つ目のルールに違反しているように思うが、強引な理屈で突破し、見事プラスチックの筐体を作ることができたのだ。(表紙のパン右側にある物体の黄色い部分がプラスチック)


そういった長い「闘い」を経たあとに、やっと作者はトースターをつくりあげ、次のような気づきを得ることになる。

今回のトースターを作るという試みは僕らがどれだけ他人に依存して生きているかということを教えてくれた。(略)
さらに言うなら、今回僕は、自分たちが普段目にしているものは、長い歴史、多くの努力と知恵、そして途方もない量の燃料と材料の結晶であることを痛感させられた(あの平凡なトースターでさえもそうだ)。それにかかった膨大なコストのすべてを払う義務は消費者には無いのかもしれない。でも、そうだとしても、そのコストが無駄にならないように、考えを尽くすべきだとは思う。つまり、なるべく長持ちをするものを買い、廃棄するのにも工夫をし、お金をかけようと言うことだ。(p185)

確かに結論だけ読めば、教科書的な内容で月並みかもしれない。しかし、ここまでの作者の「冒険」を思えば、非常に納得がいく言葉だ。
僕ら一人一人がトースターを作る必要はない。だからこそ、今回トースターを作ったトーマス・トウェイツの努力を知り、その言葉を大切にする必要があると思う。それは、実際にトースターをゼロから作り出すような事態にならない平穏な世界が続いたとしたら、ではなく、続けるために必要なことだろう。
そして、僕は一刻も早く『この世界が消えたあとの 科学文明のつくりかた』を読まなくてはならないのだ!