Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

意外性だけがミステリじゃない〜岡嶋二人『クラインの壺』

クラインの壷 (講談社文庫)

クラインの壷 (講談社文庫)

現実も真実も崩れ去る最後で最恐の大傑作。200万円で、ゲームブックの原作を謎の企業「イプシロン・プロジェクト」に売却した上杉彰彦。その原作をもとにしたヴァーチャルリアリティ・システム『クライン2』の制作に関わることに。美少女・梨紗と、ゲーマーとして仮想現実の世界に入り込む。岡嶋二人の最終作かつ超名作。そのIT環境の先見性だけでも、刊行年1989年という事実に驚愕するはず。映画『トータル・リコール』の前に描かれた、恐るべきヴァーチャルワールド!
Amazonあらすじ)

これを読んだのは、間違いなく20歳よりも前のことだと思うので、20年以上久しぶりに読む本。
当時、新本格が流行っていたこともあり、自分も好んでミステリを読んだが、その後読んだ井上夢人名義*1の本と合わせて、ミステリとSFの境界線上の本というイメージが強く残っているのが『クラインの壺』だった。
「もやもやするミステリ」が読みたいと思ったとき、ふとこの本を思い出したのだが、今回読み直してみると、自分のイメージと異なり、とても素直なストーリーで驚いた。
「素直」というのは、物語の流れが自然であるということなのだが、「意外性がない」ことにびっくりした。
さらに「意外性がない」のに、ちゃんと面白いことにびっくりした。
ミステリというと、「意外性のあるオチ」を期待してしまうが、物語の面白さというのは、そういった「意外性」とは別の部分にある。巻末の解説で菅浩江は『クラインの壺』のラストについて次のように書く。

この作品のラストでは、多くの読者が身体が宙に浮かんでいるかのような感じを覚えることだろうが、それはみな、ファミコンやデータグローブの現実を無理なくずらして<クライン2>というシステムに読者を引っ張り込んだ順序正しき手腕があるからなのだ。15年前に書かれたこの作品のテーマは2005年の今となってはバーチャルリアリティを題材にする上で定番とも言えるのに、少しも古びず、むしろごまんとはびこるバーチャルリアリティ系似非SFを軽く凌駕する説得力と面白さを持っているのはも、井上夢人の「<仮想/現実>混淆(こんこう)能力」が長けているからに他ならない。

この本を読むと「定番だからつまらない」ということは全くないのだと分かる。上に引用した「順序正しき手腕」、また、解説中の別のところで使われる「嘘をつく際のツボ」こそが、エンターテインメント作家に必須のポイントであり、井上夢人岡嶋二人)の場合は、これに加えて「<仮想/現実>混淆能力」という独特の武器があるということなのだろう。
あらすじでは「現実も真実も崩れ去る」とあり、タイトルも、わざわざ、“裏と思っていた側が、いつの間にか表になる”という意味の「クラインの壺」なのだから、展開はわかりきっているにもかかわらず、終盤の展開を読んでいて「恐怖」を感じるというところが、やはり井上夢人が「ツボ」を心得ているということなのだろう。

近著では、ビートルズの音楽と絡めたミステリとして、その名も『ラバーソウル』というのが評価が高いようだ。こちらも是非読んでみたい。

ラバー・ソウル (講談社文庫)

ラバー・ソウル (講談社文庫)

幼い頃から友だちがいたことはなかった。両親からも顔をそむけられていた。36年間女性にも無縁だった。何度も自殺を試みた―そんな鈴木誠と社会の唯一の 繋がりは、洋楽専門誌でのマニアをも唸らせるビートルズ評論だった。その撮影で、鈴木は美しきモデル、美縞絵里と出会う。心が震える、衝撃のサスペンス。

*1:岡嶋二人とは、徳山諄一と井上泉の共作筆名。岡嶋二人名義での最終作である『クラインの壺』は、ほぼ井上夢人(井上泉)一人で書いていたようだ。