Yondaful Days!

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最終話の「恋文」を読むための壮大な回り道〜森見登美彦『恋文の技術』

([も]3-1)恋文の技術 (ポプラ文庫)

([も]3-1)恋文の技術 (ポプラ文庫)


久しぶりの森見登美彦作品。
書簡体小説ということで、まずは、その構成の妙を期待していた。
この本は第一話〜第十二話からなり、大学のある京都から、能登半島の研究所に引っ越した修士の学生・守田一郎が誰かにあてた手紙で出来ている。

第一話 外堀を埋める友へ
第二話 私史上最高厄介なお姉様へ
第三話 見どころのある少年へ
第四話 偏屈作家・森見登美彦先生へ
第五話 女性のおっぱいに目のない友へ
第六話 続・私史上最高厄介なお姉様へ
第七話 恋文反面教師・森見登美彦先生へ
第八話 我が心やさしき妹へ
第九話 伊吹夏子さんへ 失敗書簡集
第十話 続・見どころのある少年へ
第十一話 大文字山への招待状
第十二話 伊吹夏子さんへの手紙

特徴としては、

  • 書簡体小説なので)「手紙」の文章のみで構成されている
  • 一話毎に特定の相手に送った複数の手紙が時系列に並んでいるという形式をとっている
  • その返事に守田一郎宛の返事は含まれない

例えば第一話は、同じ学年の研究室仲間である小松崎に送った手紙で構成されているが、4.9の手紙と4.15の手紙の内容から、その間に小松崎から来た返事の内容を類推できる。
さらに、第二話の文通相手である大塚さん(研究室の先輩)、第三話の間宮少年(かつて家庭教師をした教え子)、第四話の森見登美彦(研究室の先輩・作家)が、いずれも京都にいるので、彼らとの共通の話題から、京都でどのような出来事が起きているのかが立体的に明らかになってくる。(当然、能登で起きたことについても、主人公・守田が手紙の中で書いている)
そういう意味で、同じイベントに対する別人視点の物語をまとめて読むことができるという楽しさがある。
このようにして、第1話〜第4話は4人の相手に対して並行して4月〜8月まで行っていた文通のやり取りで構成される。第5話〜8話までが主に8月〜10月の内容で、同一キャラクターについては2巡目(新キャラについては4〜10月)となる。そして、第9〜12話までがそれらを総括したクライマックスと言ったところ。


書簡体小説は、以前『三島由紀夫レター教室』を読んだことがあり、おそらくそのときもそう思った気がするが、最初が新鮮な分だけ、中盤に飽きが来て急につまらなくなる傾向があるように思う。
しかし今回は、終盤の怒涛の展開が、飽きがくるのを許さない。
第8話で初登場となる妹が登場し、第9話、第11話が、かなりイレギュラーな内容で、第12話に向けて盛り上がりが加速する。


そもそも「恋文の技術」とは何か。
それは、守田一郎が、能登で始めた文通武者修行の末に目標とする「いかなる女性も手紙一本で籠絡できる技術」のことで、そんなものがあるのかどうかはよく分からないままに文通武者修行は進んでいく。守田自身も悩みに悩んでおり、森見登美彦に対する手紙の中では、何度も「そろそろ恋文の技術を教えて欲しい」という話が出てくる。
しかし、守田一郎が想いを伝えたい相手には、ずっと手紙を、「恋文」を書けずにいる。「書けない」という話も何度も登場する。書けないままで、友人に恋愛指南をする。
そこらへんの理屈っぽさ、言葉だけは達者で実行力を伴わない感じが、いかにも森見登美彦風で、特に、書き始めては途中で嫌になって送らず…ということを繰り返す第9話は、まさに以前読んだ『夜は短し歩けよ乙女』を思い出す内容だった。
しかし、その努力と回り道が第12話の「伊吹夏子さんへの手紙」という「恋文」で結晶化するというのが、この本の魅力だと思う。
特別な内容ではない第12話も、それまでの逡巡と堂々巡りをしっているから、読んでいて心を動かされるものがある。また、手紙を書くことの意味、そして意味の無さについて書かれているのもいい。
この本を読んだら誰かに手紙を書きたくなるし、今、自分が書いているように、無駄な文章を書くのも楽しくなってくる。
久しぶりに読んだ森見登美彦は、期待通りに面白かったが、それ以上の「情熱」のようなものを、第12話から感じることができたのが良かった。

名言

この本にも名言は沢山あるが、ひとつあげるとすれば、(これも何度か繰り返されるが)まみや少年に向けて書いた以下の文章だろうか。

この話から何を学ぶべきでしょうか。
べつに何も学ばなくていいのです。
でも世の中には、こういう切ない想い出をもつ人がたくさんいる、ということを知っているだけで何だかホッとしませんか。少なくとも、先生はそういうお話をたくさん知っていて、それは先生の財産です。
p278


あとは短いが、これも第8話あたりで繰り返されるこちら。

ここで逃げると、危険が2倍になる チャーチル


そしてこれなんかも。

書きにくいものを「どうすればかけるだろう?」 とかんがえるのはいいことです。そうやって、いろいろなことが書けるようになるからです。


繰り返しますが、全体を通して、文章を書きたくなる気持ちになる、そういう本でした。


BGM

今回の読書の後半は、久しぶりにBGMを固定していた。歌詞の方はそれほど聞きこんでいないので何とも言えないが、男性から見た恋愛という意味でバッチリ合っていたような気がする。小説と音楽は狙ってマッチングするのは難しい気もするが、時々、こういう風にして結び付けて楽しみたい。

YELLOW DANCER (通常盤)

YELLOW DANCER (通常盤)