Yondaful Days!

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窓という窓から月は注がれて〜穂村弘×東直子『回転ドアは、順番に』

回転ドアは、順番に (ちくま文庫)

回転ドアは、順番に (ちくま文庫)

ある春の日に出会って、ある春の日に別れるまでの、恋愛問答歌。短歌と、そこに添えられた詩のような断章で、男と女、ふたりの想いがつづられる。紡ぎ出さ れた言葉のひとつひとつが、絡み合い、濃密な時間を作り上げていく。短歌界注目のふたりによる、かつてないほどスリリングで熱い言葉の恋愛。文庫化にあた り、ストーリーに沿って1章ごとにふたりの自作解説を付加した。

二人の歌人による、いわゆるコラボレーション企画ということになるが、フィクションとして、しっかり筋のあるものになっていることに驚いた。後ほど、部分的に引用しながらストーリーを振り返るが、一応「ネタバレあり」な作品ということが出来るかもしれない。
短歌+散文詩による盛り上がりは、なかなか他では得られないもので、金原瑞人による巻末解説の激賞ぶりがすごい。そして強気だ。

これは穂村・東の恋愛詩歌往復書簡(メール)を一冊の本にまとめたもの(らしいが、ふたりが実際にどのような関係であったのかは、後の研究を待つほかない)。ともあれ、一読したときから、妙に後ろ髪を引かれて、ついつい何度も読み返してしまった。
最初、ゆるゆると相手の反応をみながら行き来する短歌は、おどおどしていて、かわいらしい。ところが、しばらくするうちに、いきなり加速し、加熱し、轟音をあげ、言葉を巻き上げ、きりきりと螺旋を描き始め、短歌と詩がせめぎ合う。
(略)
言葉言葉言葉のつむぎあげる仮想宇宙の愛に不可能はない!目を見張るほど斬新で奇妙で切ない世界が広がっていく。こんな加速感、こんな浮遊感、こんな高揚感は、小説では決して味わえない。すごいなあと、感心する、あるいはあきれるほかない。作家よ、小説家よ、この作品を越える「サイバーラブ」の物語を書いてみろ!


以下、ストーリーに触れながら章別に好きな歌を抜粋。※ネタバレあり
(◆穂村弘 ◇東直子

1.遠くから来る自転車を

◇遠くから来る自転車をさがしてた 春の陽、瞳、まぶしい、どなた
◆見詰め合うふたりの影の真ん中にちろちろちろちろちろ水の影

1章は二人のファーストコンタクト。

2.青空くさいキスのはじまり

◇花ひとつ光においてながいながい昼寝のためにくちづけている
◆ズッキーニ齧りつつゆく海沿いの道に輝く電話ボックス

2章は出会ったばかりの二人の様子。キスは出てくるけどまだ初々しい。
穂村弘の解説によれば、初めてのデート(昼の部)。

3.月を見ながら迷子になった

◇終電を見捨ててふたり灯台の謎を解いてもまだ月の謎
◇永遠の迷子でいたいあかねさす月見バーガーふたつください
◆血液型刻んだプレート握りつつ 始発電車に河のきらめき

穂村弘の解説によれば、初めてのデート(夜の部)。
楽しそうでたまらない。

4.恋人のあくび涙

◇ゆびさきの温みを添えて渡す鍵そのぎざぎざのひとつひとつに
◇くちびるでなぞくかたちのあたたかさ闇へと水が落ちてゆく音
◇空よそらよわたしはじまる沸点に達するまでの淡い逡巡
◆恋人のあくび涙のうつくしいうつくしい夜は朝は巡りぬ

いやらしい章その1。
この章は散文は抑えて、ほぼ短歌のみで構成された高速回で盛り上がる。

5.虹になんて謝らないわ

◆食卓にTシャツ投げて睨み合う 風鈴の音だけがきこえる
◇喧嘩喧嘩セックス喧嘩それだけど好きだったんだこのボロい椅子

一転して喧嘩の回。大喧嘩。

6.SHOCK RESISTANT

◇わからずや風にくちびるとがらせる ふうふうあついお茶飲みながら
◆窓という窓から月は注がれて ホッチキスのごとき口づけ
◆冷蔵庫の扉を細く開けたままスリッパのまま抱き合う夜は
◇カマンベール・チーズしずかにとけてゆく脈打つ皮膚を布につつんで

いやらしい章その2。
雨降って地固まるとは言うが、この章が一番ドキドキする。
この時間が永遠であって欲しいと思う、そんな日々。

7.うわごとで名前を呼んで

◆俺の熱 俺のうわごと 俺の夢 サンダーバード全機不時着
◇うわごとで名前を呼んでくださればゆきましたのよ電車にゆられ

インフルエンザで苦しむ回。夏なのに・・・。

8. 、が生まれた日

◆バラ色の目ぐすり沸騰する朝 誰かのイニシャル変えにゆこうか
◇二人乗りのスクーターで買いにゆく卵・牛乳・封筒・ドレス
◇水かきを失くした指をたまさかに組みかわすとき沁み合うものを

プロポーズの回。6章の盛り上がりを見れば、当然の展開。

9.空転の車輪

◆指先が離れてしまう きらきらと四ツ葉のクローバーの洪水
◆空転の車輪しずかに止まっても死につづけてる嘘つきジャック
◇つぶしたらきゅっとないたあたりから世界は縦に流れはじめる
◇運ばれることの無心に揺れている花と滴とあなたの鎖骨
◇ぐにゃぐにゃのガードレールによりかかりちいさく歌う薄きくちびる

まさかこんな展開が待っているとは!!!驚きの9章。

10.ささやいてください

◇たいせつな写真が濡れてゆく夜を奏ではじめる小さな心臓
◇砂糖水煮詰めて思う生まれた日しずかにしずかに風が吹いてた
◇ささやいてください春の光にはまだ遠いけどきっと遠いけど

最終章のラストでは、生まれ変わっての再会も示唆されるけれども、やっぱり辛いエンディング。相手の死を受け入れようと努力する女性の姿勢が見える。

総括

久しぶりに読んだけど、やっぱり短歌は面白い。いやらしい。強い。
物語の欠けた部分を読者の側でパズルのように埋めていく状況もとてもスリリングでこのような連歌(あとがきでは「連々歌」と名付けているが)は、フィクションとよく合うことがわかった。
東直子さんは、毎回毎回、著作を読まなくちゃと思いつつスルーしているので、今度こそ、この本となにやら似た趣旨の「恋愛短歌イラスト往復書簡」である『愛を想う』を読んでみたい。

愛を想う

愛を想う