Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

成長物語などと言わせない!〜あさのあつこ『バッテリー2』


文庫2巻にも「あとがき」があり、例によって熱過ぎる内容だ。

『バッテリー2』は、中学校が舞台となる。わたしが、いや、原田巧がここから先、延々と拘り、守り通そうとしてきたものは、自分自身に他ならない。
自分の感性、自分の欲望、自分の想い、自分の身体感覚。
それを捨てない。捨てぬまま、生きる。自分が自分であるために、換言すれば自由であるために、捨てるわけにはいかないのだ。だから、巧は、抗い、拒み、自らが傷つき、自分にとって最も大切な者を傷つける。なんという傲慢、なんという稚拙。
おまえなんか、最低だ。
豪でなくとも、そう言いたくなるだろう。わたしだって、何度も何度も嘆息したのだ。頭をかかえもした。それでも、巧を変えることはできなかった。傲慢で稚拙なままでなければ、ほんの僅かでも、巧が自分の感性や欲望や想いや身体感覚を裏切ったら、この物語は放り棄てられた空き缶ほどの価値もなくなる。作者として、それだけは分かっていた。「バッテリー」を少年の成長物語などと言わせるものか。友情物語などに貶めたりしない。絶対にしない。強く、強く、そう思ってきた。わたしなりに、拒み、抗ってきたのだと思う。負けたくなかった。既成の物語の枠組みに、易々とはめ込まれてしまうような陳腐な物語にして堪るかよ。?を書きながら、幾度、そんな呻きを漏らしたことだろう。
現実は、人によって変わりうる。わずか13歳の少年が、現実を大人を変えていくことだって可能なのだ。巧みが変わるのではない。彼が周りを変えていくのだ。可能なのだ、確かに。

このあとがきは、全6巻を書き終えたしばらくあとのタイミングで、文庫版のための加筆・修正への意気込みを書くのと合わせて、作品全体について語った内容だ。
自分は、現在3巻を読み終えたところだが、3巻まで進むと、あさのあつこが言わんとしていることがよく分かる。巧の熱は伝染していく。教師にも。先輩にも。
そして、このあとがきを読むと、巧の熱は、まさに、あさのあつこの熱そのものなのだと分かる。

  • 「バッテリー」を少年の成長物語などと言わせるものか。
  • 友情物語などに貶めたりしない。絶対にしない。

この部分の力強さに圧倒される。
『バッテリー2』は、『バッテリー』とは異なり、中学校が舞台となる分だけ、登場人物が増える。そのため、巧の特異性が薄まるわけではなく、周囲との軋轢が増える。それでも巧は周囲に合わせず、我が道を貫く。一番大事な人(豪、青波)の意見のみは受け入れるが、自分を曲げない。そこが2巻の見どころだろう。


1巻と比べたときの2巻の特徴は、まずは、教師VS生徒の支配/被支配の関係が色濃いことが言える。
野球部顧問の戸村*1の強圧的な指導姿勢は勿論、巧のクラスメイトの矢島繭が、いろんな先生から説教を受けるシーンもしつこい。
さらに、2巻のラストで、いかにも、という感じの善人面したラスボス的校長が登場する。


また、野球とは無関係な登場人物が増えたことも大きく異なる。
例えば、卓球部顧問の「小町」こと小野先生。さらに、巧のクラスメイトの矢島繭。巧は、この二人の女性キャラに好意を寄せられている、ということに加え、(沢口家で飼っている)羊のメリーさんにも好かれているというのが面白い。2巻の中で羊のメリーさんネタは鉄板で、何度か登場するが、一種の清涼剤になっている。何となく、これによって、1巻にあった緊張感は少し減り、ラノベ的にもなってきている。


そして、暴力シーンが多いというのも特徴だ。

  • 「監督のいうことを聞かないと試合に出られないんなら出なくていい」という巧の首を豪が絞めるシーンp133
  • 「言われた通りにすれば絡まれない」とアドバイスする豪の顔を巧が無意識に殴りつけるシーン p189
  • 用具室で、巧が展西らに暴行を加えられるシーン p262
  • 体育館倉庫で、沢口が展西らに暴行を加えられ、戸村が流血するシーン p322

この中でも、用具室で巧が襲われるシーンは、BL的に捉えることができるのかもしれない。
BL的といえば、今回は1巻以上にサービス的な目配せが感じられるシーンがある。
言い争いから、寝そべっている巧を豪が押さえつけるシーンは、こんな感じだ。

力の差ってのは、こういうことなのか。上半身にのしかかってくる豪の重さに思う。巧は、身体の力ぬいた。
「豪、こういうのちょっと、やばいぜ」
「はん?」
「こういうかっこうって、遠くから見るとやばく見えない」
「え?」
(略)
「だからな、おれだってファーストキスは、女とやりたいわけ。だから、このかっこうはな……」
p42

また、巧がふざけて沢口と東谷をキスさせるシーンもある。(p52)


しかし、そんな中でも一番好きなのは青波が巧の背中の傷に薬を塗ったあと咳き込んでからのシーン。

「おい、だいじょうぶか」
巧は、慌てて青波を抱きよせた。抱きよせてから、また、慌てた。弟を膝に抱きこむようなことをしたのは、初めてだった。(略)
「いやじゃないよ。監督がっかりした顔するのは、ちょっといやじゃったけど、原田巧の弟かって言われたら嬉しいで。お兄ちゃん、野球しとるとき、かっこええもん」
「ばか、なに言ってんだよ」
青波は、ふいに身体を捩って、巧の膝からぬけ出した。小鳥が鳥籠から飛び立つようなすばやい動きだった。
「ぼく、お兄ちゃんが野球しとるの、見るの好きじゃで。気持ちようなるもん。スカッとして、気持ちようなる」
「青波、あのな…」
「今度、キャッチボールして」
青波は、転がっていたボールを拾い上げた。
「な、して。今度、豪ちゃんとするみたいに」
p308


青波というのは本当に絶妙なキャラクターで、他のキャラと比べると、彼だけ別次元の世界を生きている感じだ。無邪気という意味では『月の子』のベンジャミンに似ている。彼が小学四年生という、男でも女でもない、ギリギリ中性的な年齢で、かつ、これから何かに変わろうとしている、そんな予感がを抱かせる。そんなところも含めて、ベンジャミンに似ている。
青波の前では、巧は、いつもの巧ではいられない。上に引用した青波を抱き寄せるシーンはそのことが、よく表れている。


今回、3年生の展西というイライラキャラが登場し、また、巧の祖父の話などにもページを割かれたせいで、青波の登場が少なかったのは残念だが、彼がいてこその「バッテリー」。
3巻以降の活躍に期待したい。


*1:30代前半という設定だがイメージがわきにくい。部活動の怖い顧問というと、そのくらいの年齢なのだろうか。自分の頃のあの先生やあの先生もそのくらいの年だったんだろうか。