Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

風景と記憶〜映画『君の名は。』ネタバレ感想


新海誠監督は、ずうっと前に『秒速5センチメートル』を見ただけだったが、世間一般の評判通り、特に実在の場所の背景の描き込みが細かく、センチメンタルな作品を作る人という印象。
今年は、恒例の春のコナン映画以降、『ズートピア』『シン・ゴジラ』と珍しく夏に2作も映画を観たのだが、やはり美しい背景の予告編を見て惹きつけられ、これは行くしかないと思ったのだった。*1


それが、公開以降ものすごい人気となり、普段、アニメとの接点を全く感じられない田島貴男も見に行くという状況に、これは早くしなければ、と追い立てられるように見に行った。何故か、よう太も見に行きたいということだったので、土曜日朝に二人で見に行ってきたのだった。

端的な感想

これは良かった。
シン・ゴジラ』は、あれはあれで凄い作品だったが、特に後半は冷静になってしまったのに比べて、『君の名は。』は、最後の最後まで楽しめた。
結果、ラストで号泣しており、エンドロールが終わる頃には涙は止まっていたものの、隣で見ていたよう太は引いていたに違いない。さらに、売店で「CDはどこですか?」と聞いたときも目が真っ赤だったことは間違いなく、そこでもちょっと恥ずかしい状況だった気がする。


以下ネタバレあり。


ストーリー全体

確かにストーリーを完全に追うのにテンポが速い部分があるが、「あれ?」と思ってしばらく考えると分かる、ちょうどいいスピードだったと思う。
例えば、瀧が初めて三葉の姿で朝を迎えた直後の翌朝のシーン。学校シーンがバッサリカットされているので、すぐにはついていけない。しかし、そのあと、三葉のクラスメイトとの話の中で「昨日」起きたことが次第にわかるつくりになっており、むしろ三葉の気持ちを追うことが出来る。
もう一つ、高山ラーメンの店で、糸守の地名が出てきて、「物語全体の構造」が明らかにされるシーンも呆気に取られるが、これも少し時間をかけながら瀧の動揺を追体験する意味では上手いつくりになっている。
ここでは、その「物語全体の構造」については置いておく。


物語の見せ方で、上手いと思うところは、伏線の量がちょうどよく、終盤にかけて、伏線がバシバシ嵌っていくテトリス的な楽しさがあるところだ。
例えば、口噛み酒、ムスビ(おばあちゃんの教え)、「彼は誰時」と「かたわれ時」、ここから先はあの世、宮水神社の御神体の場所が神社から遠く離れている物語的理由、三葉が髪を切った理由、糸守町の面白い地形的特徴、それらが後半になれば、ちゃんと分かるようになっている。

糸守町に起きたこと

ほとんどの人がそうだと思うが、自分も中盤に明らかにされる仕掛けに圧倒された。
ここで明らかにされるのは以下の2つの事実だ。

  1. 瀧と三葉の時間軸が3年間ずれている
  2. 三葉の暮らしていた糸守町は隕石の落下で壊滅的な被害を受けている


1つ目から行こう。
自分は、今年、川端志季宇宙を駆けるよだか』、押見修造『僕は麻里のなか』という二つの「入れ替わり」をベースにした漫画を読んでおり、その意味で、映画を観る前から、どういう「入れ替わり」パターンなんだろうか、という興味があった。しかし、一方で、どう料理しても盛り上がるだろう「男女入れ替わりの恋愛アニメ」ということで、あくまでオーソドックスなパターンだろうと侮っていた。
それだけに、「こう来たか!」「こんなやり方があるのか!」と驚いて嬉しくなったという面はある。


しかし、この1つ目だけであれば、ただトリッキーなだけだ。しかも、江川達也が酷評したように、瀧と三葉が、少し注意深ければ気がついたはず、という作品のアラの部分の方が目立ってしまっていただろう。
それが、2つ目の設定が圧倒的に強い故に、1つ目の設定の問題は目立たなくなっている。


2つ目の問題の見せ方について、荻上チキさんは、ラジオ番組の中で、(アイドルの話が途中から震災の話になる)ドラマ『あまちゃん』を引き合いに出して語っていたが、まさに『あまちゃん』の印象に近いかもしれない。
三葉が死んでいるかもしれない、ということは確かに問題だが、それだけではない。作品前半で、あれだけ美しく描かれている糸守町が、そして糸守町の住民が、住民の暮らしが、突然消えてしまったということに対する衝撃。
瀧が図書館で、犠牲者名簿を調べるシーン。見ている側としては、映画冒頭で、大人になった三葉が登場していたはずで…、ということは、ここで死んでいるはずがないじゃないか!!と思いながら、こちらも祈るような気持で名簿を追う。結局、三葉の名前が出てくるのだが、それよりも前に、テッシーと早耶香の名前を見つけたとき、そして、三葉の名の横に書かれた四葉の名前を見つけたときに自分は泣いてしまった。


なお、糸守の箱庭的な美しさ、そして、災害に遭ってしまう怖さは、『崖の上のポニョ』を思い出した。
そして、瀧たちが訪れた糸守が「立入禁止」になっていたのは、やはり震災の原発事故を思い出してしまう。例えば桜の名所だった富岡町の夜ノ森という場所も人が入れないままだという。
物語の中では、人命救助は出来たけれども、それでも戻ってこない風景がある。その意味で、あのシーンの「立入禁止」という文字には、作品内で最もリアリティを感じた。

時間経過

映画のことを「時間芸術」と言ったりする。
美術などの「空間芸術」と比較すれば、小説や漫画も勿論、時間経過とともに鑑賞する作品だが、映画や音楽は、鑑賞する時間が、時間経過が、個人の自由にできないというのが特徴だろう。
君の名は。』は、時間経過をどう見せるか、に苦心した作品だと思う。それは、空の色が暗くなり明るくなり、また暗くなるのを早回しで見せたり、冒頭で、「入れ替わり」の生活に慣れていく様子を早いテンポで見せる部分にも表れている。


その見せ方が自分にはツボにハマった。
自分は、瀧としての8年間を、中学2年生から、入れ替わりが始まるまでの3年間、高校2年生から大学4年生までの5年間を過ごした。
本や漫画、映画、アニメを楽しむ一番の意味は、自分にとって、ここにある。
作中世界で高校時代をやり直したい、そんなことは思わない。
もっと自由に色々な人の人生を、暮らしを楽しむことができる。
現在の自分がここにいた上で、自分ではない人生を楽しむことができるのが楽しいんだと思う。


この映画で泣いてしまった理由は、瀧としての8年間を、そして、三葉としての8年間を、作品で描かれていない部分の想像も含めて107分間の中で凝縮して体験できたから。そこが大きいと思う。

そのほか

二人の気持ちが近づく感じがやっぱりいい。
何だかんだ言っても、やっぱり恋愛映画だから。


「入れ替わり」が起きなくなったことに不安を持った瀧が高山に行くシーン。
ここでは、まだ恋愛感情が生まれていないはずだ。
反対に、作中かなり後半になって明らかになる、瀧のことが気になって、三葉が東京に行くシーン。
ここも恋愛未満という部分だろう。
しかし、折角会えた瀧(中学生)にすげなくされる三葉。
考えてみると、ここはとても辛いシーンで、三葉にとって失恋。
そして、三葉にとっては、失恋の翌日、クライマックスの、「かたわれ時」の演出。
そこで、お互いの名前を書いておこうというときに瀧が書いた言葉。


そのあと、三葉が転げながら走るシーンも自分は大好きだ。
『月と蟹』もそうだったが、そうなんだと思う。走るんだと思う。
気持ちが走ると実際に駆け出すんだと思う。(『崖の上のポニョ』もそうだった。)


ラストシーンの少し前、並走する山手線と総武線の窓越しに二人がお互いを認識し合うところも最高だ。
分かり切った終わり方だが、特に三葉にとっては、初めて会ってから8年間後の再会となるのだから、本当にやっと会えた、という気持ちになる。

そのほか2

作品内では、引き戸や自動ドアがこちらに迫るように閉まる演出が繰り返される。
どういう意味なのかは、インタビューなどで語られているのかもしれないが、自分は、日常的な光景が(ドアの内側と外側に)世界を分けている、ということを示しているのだと感じた。つまり、世界は日々、分岐している。
人生は、意識するしないにかかわらず、日々の選択の結果、できている。


君の名は。」というタイトル、そしてラストシーンのセリフは、夢の中での世界の記憶が次第に薄れて消えてしまうように、瀧と三葉が、お互いを覚えていられないという設定があるから成り立つ。
しかし、人の記憶というのは曖昧で、災害についての記憶や教訓も薄れてきてしまう。
1200年前に、糸守の地形がどのようにして出来たのか、しっかりと言い伝えられていれば、瀧と三葉がいなくても、被害を抑えることが可能だったかもしれない。


恋愛がメインテーマの映画でありながら、やはり3.11のことを、そして、その他毎年のように繰り返される豪雨災害のことを「忘れてはいけない」と思い起させる部分もあった。
全く予想外に、『シン・ゴジラ』と同じ部分で心の動かされる、そういう映画だった。
作中で、瀧が「行ったことのない町の風景に、どうして胸が締め付けられるんだろう」というようなことを言っていたが、それこそ自分の感想に近い。冒頭に書いたように、いつも映画を観ない自分が、今年は『ズートピア』『シン・ゴジラ』『君の名は。』の3本の傑作を続けて見ているが、中でも一番しっかり記憶にとどめておきたい映画だった。

参考(過去日記)

⇒ここを読むと、『君の名は。』は『崖の上のポニョ』と比べると、ポジティブである。その分、都合のいいストーリーのように見えなくもないが、やはり、災害によって風景が一変してしまう怖さが題材になっているという点では共通している。

⇒やっぱりクライマックスは走るものなんですよ!

シン・ゴジラは、やはりラスト付近は「切迫感が無い」というと言い過ぎですが、やや安心しきって見ていました。『君の名は。』との共通点は、緊張と弛緩(笑い)のバランスなのかな。

⇒こちらは、シンプルな入れ替わりものです。ツッコミどころもありますが、応援したい漫画です。

*1:なお、「これも行くしかない」と思ったもう一作は『怒り』です。