Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

just life!all right!〜小野一光『震災風俗嬢』

震災風俗嬢

震災風俗嬢

東日本大震災からわずか一週間後に営業を再開させた風俗店があった。
被災地の風俗嬢を五年にわたり取材した渾身のノンフィクション。


【本文より】
チャコさん(仮名)が相手にした客のほとんどが、地震津波の被害に遭っていたという。
「家を流されたり、仕事を失ったり。それでこれから関東に出稼ぎに行くという人もいました。あと、家族を亡くしたという人もいましたね」
「えっ、そんな状況で風俗に?」
思わず声に出していた。だが彼女は表情を変えずに続ける。
「そんな場合じゃないことは、本人もわかっていたと思いますよ。ただ、その人は『どうしていいかわからない。人肌に触れないと正気でいられない』って話してました」

震災後すぐに現地に入り、その後5年に渡り、石巻、北上、前沢など被災地の風俗嬢(いわゆるデリヘル嬢)にインタビューを続けた内容の本。
ノンフィクションとしての読み応えは、それほどない。調査によって何か新しい事実に辿り着くといった内容ではない。
時系列的に、淡々とインタビューが続くもので、ヤマなし、オチなし。でも、意味はある。何か残るものがある本だと思う。

なぜこのテーマなのか

そもそも何で風俗嬢なのか。
「職業に貴賎なし」などとう言葉がある。使う場面によっては、嘘ではないだろうが、自分の娘が風俗で働きたいと言ったら一切認めないだろう。そういう意味では、自分の中に、そういった差別意識はあるかもしれない。
しかし、この本で出てくる女性たちは、皆、生きることに対して前向きで、何というか、普通の人じゃないか、という当たり前のことを感じた。


途中で、石巻市の馴染みの焼き鳥屋で知り合いになったナカムラさんに、被災地の風俗嬢の取材について、このように言われる場面がある。

「なあ、いまはそんなつまんないこと取材するよりも、もっとほかにやるべき大事なことがあるんじゃねえか」
口調は酔っているが、彼はきっぱりと否定した。
「風俗なんて取材したって、仕方ねえべ。こういう時期なんだから、もっと社会の、被災地のためになることを取材してくれっちゃ。俺らがいま取材してほしいのは、そっちのほうなんだからよお」
p104


ナカムラさんに対して、それぞれの書き手にそれぞれの役割があり、この分野は自分が得意なのだ、という説明をしたというが、やはり、この言葉はこたえたようだ。

自分がやろうとしていることは、被災した人々の心を逆撫でするようなことなのかもしれない…


しかし、そもそも作者は、何のアイデアもなしに震災直後に現地入りし、取材を続ける中で、現地の人に比べれば「単なる傍観者」という立場であっても、精神的に疲弊し、酒に逃げていた。そんなときに、早いところでは震災から一週間で営業を再開していた風俗店があったと知り、このテーマで取材をすることを決めたという。

人間が人間である限り、いかなる状況であっても性から逃れることのできない現実を、性に癒しを求め、癒されている現実を知りたかった。p20


そんな作者が、石巻に住むナカムラさんから、「ダメ出し」をされ、取材を続ける意味について悩みながら続けたからこその成果が、この本には表れていると感じた。

風俗嬢の話

色々な人がいる。
被災地の取材ということで、共通して、被災している客や家族を亡くしている客や、遠くからボランティア等で被災地に入り、体力面・精神面で迷っている客などの話が多かった。
また、リピーターの存在があることで、風俗という仕事を続けている人が多いことも分かった。結局は、人間対人間の職業で、人に「癒し」を与えられる、そこにやりがいを感じるというのは分かる気がする。
また、震災も関係しているが、短い時間で、大きな額のお金を工面する必要がある場合、やはり、選べる仕事が限られる。一方で知り合いに会いたくないので、勤務地選びには慎重のようだ。
ただし、インタビューに答えているのは、(それを受けると決めた時点で)自分の中での迷いに、ある程度ケリをつけた人たちで、もっと多くの理由で、この職業を選ぶ人がいるのだろう。


震災についての話では、やはり、多くの人がPTSDに苦しんでいたということも多く書かれていた。特に、3.11の、あの地震は、強い余震が半年くらい続いたから、それをきっかけにフラッシュバックが起きるというのは容易に想像できる。
また、気仙沼で被災し、家をなくしてしまった人の話には驚いた。

「いやいやいや、うち、放火されてしまったんですよ」
「はあ?」
私は間抜けな声を上げた。
津波はやって来たけど、家は壊れずに残ってたんですね。それで一週間くらいは必要なものを取りに行ったりしてたんです。けど、それから放火されちゃって全焼ですよ。当時、近くで何軒も同じようなことがあって、『津波のときに起きた火事で家の焼けた人が、無事だった家に火をつけてる』との噂が立っていました」

それ以外にも、やはり津波被害で避難所暮らしから、しばらくたって被災した家や店に戻ると金目の物は全て泥棒に遭っていた、という話もあり、「天災」とはいえ、それ以外の被害も多い、ということを改めて知った。

再びナカムラさん、そしてユキコさん

この本は、震災直後から2016年1月までの取材をもとにしている。
最終章では2014年に、ナカムラさんとあれから2年ぶりに焼き鳥屋で再会した話が載っている。
改めて、まだ風俗嬢の取材を続けていることを言うと、ナカムラさんは「どんどん取材して」と手の平を返すようなことを言う。

「ははは、あのねえ、いまはさ、全国のみんなが石巻のことを忘れてるんじゃないかってことのほうが、不安なの。なんかもう、震災が遠い昔のことみたいになってる空気を感じるのね。だから風俗の取材であっても、石巻を取り上げて話題にしてもらえるのは嬉しいことなのさ。だからさ、いっぱい話題にして」p228


また、この本では繰り返し取材を受ける人たちが何人かいるが、その中でも最も話が「濃い」のがユキコさんという人。
42歳になってから夫の了承を得て風俗の仕事を始めたという彼女は、3人の子どものうち、長女には高校生の頃から自分の仕事を知られているという。とにかく年下にモテて、夫以外に何人もの「彼」と出会いと別れを繰り返しているというのも驚きだが、彼女の話はどこか筋が通っているようで、話自体が面白い。
震災前から離婚を考えていた彼女は、この本の最後では、震災を経て4年過ぎ、長男と長女は結婚して独立し、僅かだが夫への愛情も取り戻し、離婚のことを考えなくなったという。
この話を「震災があったことで絆を取り戻した」とまとめることもできるが、「彼」の話や「リピーター」の話までセットで聞いているから、それも込みで、人間関係というのは面白いんだなあ、と感じた。


淡々とインタビューが続く本ではあるが、ナカムラさん、ユキコさんの話を聞くだけでも、読む価値のある本だと思った。そして、こういう災害については、本を読んだり、また、募金をしたりする形で、思い出し、支えていきたいと感じた。勿論、自分の住む街が被災する可能性は、日本という国では非常に高い、ということも忘れてはならない。

追記

ブログを書いていて、結構面白いのは「タイトル」をつけること。一通り書いたあとで、これって、どんなこと書いているんだっけ、と改めて考え直すのは楽しい。今回、悩んで悩んで、YUKIの曲のタイトルをつけた。どんなに辛いときもjust lifeこそが大切。

このタイトルは、“たかが毎日、だけどそれこそが素晴らしいのだよ”という意味です。<just life>というのは、実は“たかが毎日”というような、ちょっとネガティブな言葉なんです。でも、<ただの毎日だけど 明日がやってくる奇跡>という歌詞にしたことで、すごく前向きな言葉になりました。この曲は、歌っていてもすごく楽しいです。
YUKI「汽車に乗って」インタビュー


なお、小野一光さんの著作では、他に風俗嬢を取材した本もあるが、この本が有名だ。震災とは違う形で「家族」を扱った本ということで少し気になります。

家族喰い――尼崎連続変死事件の真相

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