Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

単なるジャンルものと侮れない圧巻のラスト〜M.R.ケアリー『パンドラの少女』

パンドラの少女

パンドラの少女

この本を読むまで、絶好調だった自分の読書。
並行して読む3、4冊が全て面白いという状況が2週間ほど続いたあと、この本に手を付けたことで全てストップしてしまった。そういう意味では、久しぶりの「苦しい読書」だった。
理由は、本の厚さもさることながら、上下2段組。確かに、アルスラーン戦記は2段組だが、あれは別物。SFの序盤を読む場合もそうだが、「読んでも読んでもページが進まない」という感覚自体が、眠気を引き起こしたり、読書欲自体を減退させる。


しかし、読み終えてみれば、最後まで苦しみながら読む甲斐のある作品だった。

<一気読み必至、圧巻のエンターテインメント長編!>

奇病の爆発的な蔓延〈大崩壊〉から二十年。人間としての精神を失い、捕食本能に支配された〈餓えた奴ら〉により、文明世界は完全に崩壊していた――。荒廃したイギリスの街で発見された、奇跡の少女メラニー。もたないはずのものをもつ健気な彼女は、この世界の救世主となりうるのか? ロンドンの北の軍事基地で、メラニーと、同じような特徴をもつ子供たちへの教育・研究が進められるなか、緊急事態が勃発。メラニー、彼女が大好きな教師、科学者、兵士ふたりの極限の逃避行がはじまる。(Amazonあらすじ)

物語は、10歳の少女メラニーから始まる。
どうも彼女は他の生徒と共同生活をしながら授業を受けているらしい。いや、共同生活ではなく、生徒それぞれが授業時間以外は監禁されているようだ。
勉強を教えてくれるミス・ジャスティノー、対照的に冷たいドクター・コールドウェル、そして職務を忠実にこなすパークス軍曹。
圧倒的に弱い立場のメラニーが、コールドウェルの研究の犠牲になるかと思いきや、ここから物語は急展開して「逃避行」が始まることになる。


こういった物語の急展開は面白い。
テーマが似た作品だと『アイアムアヒーロー』、少し系統は違うが『その女アレックス』なんかも、あるページ以降で全く違う話になる。勿論無意味に振り回されるのは嫌だが、読み進めるとその急展開はも必然だということが分かるので、ジェットコースターに乗っているようで楽しい。
簡単に言うと、ここから一気に、話が単なる「ゾンビもの」になる。〈大崩壊〉の原因となった「飢えた奴ら(ハングリーズ)」とはいわゆるゾンビなのだ。



とはいえ、それ以降の逃避行は、やや長いと感じるのも確かだ。
外の世界に跋扈するのは「飢えた奴ら(ハングリーズ)」だけではなく、欲望のままに生きる人間たち「廃品漁り(ジャンカーズ)」がいるが、「彼らから逃げながら先に進む」という展開は、「地味」だからだ。
しかし、物語自体は、やや単調になるが、その中で、外の世界は今どうなっているのか、メラニーは何者なのか、「飢えた奴ら(ハングリーズ)」は、どうやって生まれ、世界はこれからどのようになっていくのか、が示されていく。その部分が面白い。
実際に〈大崩壊〉が起きてしまったら、一般市民は科学技術をどのように使っていくのか。「廃品漁り(ジャンカーズ)」のように、科学の資産を切り崩して過ごしていくしかないのか。そういう視点では、『ゼロからトースターを作ってみた結果』や『この世界が消えたあとの 科学文明のつくりかた』と合わせて読み直したい本ともいえる。

ゼロからトースターを作ってみた結果 (新潮文庫)

ゼロからトースターを作ってみた結果 (新潮文庫)

この世界が消えたあとの 科学文明のつくりかた

この世界が消えたあとの 科学文明のつくりかた


そして、何といってもラスト。
色々な伏線がしっかり生きるラストには驚いた。
「逃避行」なので、一行のうち数名が死に、数名が何とか生き残って、めでたしめでたし…となるという安易な予想は否定され、この世界の状況を見れば、これしかない、という解答が読者につきつけられる。むしろ「こっちの話だったのか!」と、とても納得のいく展開で、スッキリした。
ここまで一緒に来たメラニーと4人それぞれの役割も、終わってみれば最小限の人数で上手く構成されていると思う。
訳者あとがきによれば2016年夏公開予定(実際に9月から上映)とされる映画は、「She who brings gifts」というタイトルで、検索すると予告編が見られる。原作で金髪の白人だったメラニーは、アフリカ系の人が演じているようだが、それはそれで画面として見やすいかもしれない。


改めて圧巻のラストを堪能するために、映画も見てみたいです。
なお、物語の中の世界では、体臭がきついと襲われる可能性が高くなり、死なないためには「臭い消し」が重要なアイテムとなるため、少しだけ自分の臭いを気にしてしまいました…。