Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

迷妄を乗りこなす?〜佐藤哲也『シンドローム』

シンドローム (ボクラノSFシリーズ)

シンドローム (ボクラノSFシリーズ)


これまたとても変わった本。
まず、ボクラノSFというレーベルは、主に中学生を対象とした福音館書店のシリーズで、自分は過去に『どろんころんど』という本を読んだことがある。
レーベル名に「SF」とついているし、実際、物語は、謎の火球が空から落ちてくるところから始まる。
しかし、この小説は、むしろ超主観的な恋愛小説だ。

空は青く澄みきっていた。教壇では歴史の教師が午後の眠りを誘う声で話していた。クラスの何人かは眠っていた。教室が小刻みに揺れて、窓の枠が音を立てた。重たい音の波が上から下へと突き抜けていった。ぼくは窓のほうに身を乗り出して空を見上げた。火球を見た。
突然飛来した謎の火球は、八幡山に落下し、深く巨大な穴を残して消える。ほどなくして、ぼくの住む町のあちこちで、大規模な陥没が起こる。少しずつ、町は地面に飲み込まれていく。
破滅の気配がする。それでもぼくは、中間試験のことが気になっている。日常と非日常が次第に溶けあっていく。それでもぼくは、久保田との距離が気になって仕方がない。彼女を見つめ、ゆるやかに距離を縮めながら、最後の一線は越えることなく、この状況を制御し、迷妄を乗りこなそうとしている。
静かに迫る危機を前に、高校生のぼくが送る日々を圧倒的なリアリティで描く、未だかつてない青春小説。(あらすじ)


あらすじにある通り、主人公たちの住む世界は危機を迎えている。
しかし、そんな中でも「ぼく」は、後ろの席の久保田葉子のことを、そして、久保田に好意を寄せている(と思われる)友人の平岩のことを考えている。

最初から最後まで延々と続く「ぼく」の恋愛評、そして平岩評が面白い。

恋とは迷妄だ、とぼくは頭の中で繰り返した。恋とは迷妄にほかならないのだ、とぼくは自分に言い聞かせた。ぼくは精神的な状態をたもつことで、この迷妄の圧力から守られていたが、もし久保田葉子が僕に対して圧倒的な距離を取れば、そこに現れた圧倒的な空隙に迷妄が圧倒的な圧力でなだれ込んで、ぼくを非精神世界へ押し流すことになるだろう。 p80

気味が悪いと言えば、久保田が喜ぶことを平岩は知っていた。迷妄の奴隷である平岩は、強いて言うなら迷妄そのものである平岩は、迷妄であることによって得ることのできる、言わば、超人的な直感の力によって、瞬時に共通の話題を探し当て、(略) p138

肩が触れるほどの距離にいたが、ぼくは最後まで距離を見失わず、ゆるやかに距離を縮めながら、それでも最後の一線にとどまって、そこから先へは決して進もうとしなかった。ぼくは状況を制御していた。迷妄の流れに足を取られることもなく、いきなり押し流されることもなく、ぼくは状況を制御することに成功した。ぼくは完全に冷静で、自分を制御していた。そして、いくらか控えめではあるものの、満ち足りた気持ちを状況から受け取り、自分を適度な高揚感へと導いていった。いかにもぼくは迷妄の中に立っていたが、迷妄の奴隷となるのではな、まして迷妄そのものになるのではなく、迷妄から適当な距離を取りながら、迷妄の成果だけを受け取っていた。言うならば、ぼくは迷妄を乗りこなしたのだ。 p157

今、読み返してみても、この小説に割かれている文字数のほとんどは、こんな感じの内容で驚く。ずっとだ。
物語の本筋であるはずの大災害。こちらは原因不明のままで、被害がどんどん広がっていく。
災害のメインが「陥没」であるというのが恐ろしい。火球の衝突を免れた場所も、どんどん陥没に飲み込まれていく。
さらに、陥没した穴には、大きな触手をもった生き物が棲んでいる、ということで、本当は「迷妄」どころではない話にもかかわらず、「ぼく」により切迫したテーマは「迷妄」なのだ。
そして、「迷妄」を「制御」しようと虚勢を張る、この感じ。これこそが青春小説だよ、と思う。中高生は「人のセックスを笑うな」などとは決して言わない。(笑)
村田沙耶香『しろいろの街の、その骨の体温の』でも、主人公が、恋愛から一歩引いた場所から、同級生たちの動きを観察して楽しもうとするシーンがある。『しろいろの〜』も、相手との距離の取り方を間違え続ける話だったが、『シンドローム』では間違えないように慎重に慎重を重ねる。
そう考えると、(平岩の存在がブレーキになってしまったところもあるが)もう少し、「ぼく」が「迷妄の虜」になるシーンを見てみたかった気がする。


最後に、忘れてはいけないもう一つの魅力。
そもそも、この本は、西村ツチカのイラストに惹かれて読んだところがある。
さらには、凝りに凝った文章デザイン?が相俟って、独特の雰囲気が生まれている。
西村ツチカのイラストの入った本がもう一冊手元にあるが、その本と合わせて、漫画も読んでみたい。


さよーならみなさん (ビッグコミックス)

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西村ツチカ作品集 なかよし団の冒険

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