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最速で犯人名が出るミステリ〜麻耶雄嵩『さよなら神様』

さよなら神様

さよなら神様

これを読む前に、前作の『神様ゲーム』を読み直した。
5年前に書いた感想では、やや厳しいことを書いているが、「後味が悪い」ということを知っていて読めば、しっかり驚かされる傑作だと感じた。初めて読んだときは、やはり「主人公の同級生に神様がいる」というこれまでにないルール(システム)に戸惑っていたのだと思う。
今回の『さよなら神様』は短編集で、『神様ゲーム』の続編にあたるから、物語の中で、細かい設定の紹介はギリギリまで省かれ、最短距離で進められて行く。
最短距離どころか、犯人名が出る速さとしてはこれより速くはできないのではないかという「最速不倒」な話になっている。
それが、今回の短編集の最大の特徴である「冒頭の一文」。


最初の話(「少年探偵団と神様」)はこのように始まる。

「犯人は上林護だよ」
俺、桑前淳の前で神様は宣った。


何が事件かもわかっていない中で、”神様”こと鈴木太郎が、主人公に犯人の名前を告げるところから始まる。しかも、主人公ですら知らない名前が告げられるのだ。
普通のミステリならあり得ない、この本だから許される「冒頭の一文」は6編の短編すべてに共通する。そして、主人公(小学生)は、同級生で構成された探偵団の一因として、事件の謎を探り出すという一面もあるが、実際には、どの事件も早い段階で、何もかもお見通しの「神様」の力を借りてしまう。
…というのが基本的なフォーマット。
以下少しずつ、いや、大胆にネタバレ。







この小説の強みは、誰もそんなタイプのミステリを読んだことがないということ。
実際、通常は一番最後に(複数候補者から)絞り込む「犯人」というパーツは、一番最初にわかっていて、そこから逆に、動機や手段(犯行可能性)の検証が始まるという逆方向の物語となる。
ところが、1話、2話、3話と進むと、もうひとつの意外な共通点から、奇妙な読後感が生まれてくる。


1話〜3話目までは、神様が告げた犯人とは別の人間が逮捕されてしまっている、というのが意外な共通点だ。
真犯人が捕まらない、自分には犯人が分かっているのに…というもどかしさは、むしろ、通常の推理小説よりも、ノンフィクションの読後感に近い。「神様」という非現実的な設定にしたことで、かえって、もどかしさが倍増し、現実に生じた事件に対するのと同じような感想が生まれてくる。
それは、前作のような「天誅」というルール(神様が超常的な力で真犯人を死に至らしめる)が無いことも影響している。


さて、4話目以降は、3話目までの「定型」を少しずつ外してくる。
まず、最もトリッキーな作品である4話目「バレンタイン昔語り」。この話こそ、「真犯人の名前だけが最初にわかる」というルールが大前提でないと成立しない話で、現実には生じ得ない物語のつくりになっている。つまり、1年前の事件の犯人の名前を神様から聞き出しているつもりが、まだ起きていない殺人事件の犯人の名前を聞き出すことになる、という時間軸のズレが生じてくる。この第4話が、6話の中で一番わかりやすく驚ける話になっているように思う。
そして、それだけでなく、4話には大きな話の転換が用意されている。
それは、話者である主人公の桑前淳が女子生徒であるという事実が明かされる点だ。
通常なら大ネタとして、本の最後、もしくは、この4話の最後に明かされる、という使われ方をするネタだが、4話の序盤でなし崩し的に明らかになる。
4話目を読んでいる時点では、何故このタイミングで…?と思ったが、5話、6話を読むと、その意図が明確になる。
この流れで、最終話である6話は、5話の事件の犯人で、探偵団の一因である比土優子の自殺の真相が明らかになる、だけでなく、ペンディングにされていた4話の事件での真犯人が誰かが分かる、ラストにふさわしい重層的な話となっている。
その犯人は、今考えてみれば、ミステリ的には、主人公が最も頼りにしている市部に決まっているのだ。しかし、4話でペンディングされたはずの事件はその存在を巧妙に隠され、比土優子の自殺も、桑前が原因であることにし、さらには、桑前が男性として扱われていた1話〜3話のミスリーディングによって、市部が桑前に向けていた好意も気が付きにくくなっていた。
真犯人が市部だと分かったあとで、神様(鈴木)の意図について、桑前は次のように言う。

そして神様はこの顛末を、比土の自殺と宣うだろう。もし神様から聞いていなければ、わたしはあるいは市部のことを少しは疑っていたかもしれない。
もちろん神様が詳細を語れば謀略は露見するが、今までのケースを鑑みて、鈴木はそこまでは話さないと踏んでいたのだろう。そして鈴木は市部の意図を汲むように抜き出した部分だけを教えた。
あれは二人の暗黙の連携プレーだったのだ。
考えてみれば、比土の時もそうだった。鈴木は小夜子殺しの手段を話さず、ただ比土の思惑通りの説明しかしなかった。
比土もそして市部も、鈴木の嗜好に勘づき、あくまで彼が楽しめる方向で危険な賭に打って出た。
p281


つまり、物語内の「神様」ルールを利用したのは、作者だけではなく、登場人物も、このルールを使って、主人公と読者を欺きにかかっていたのだ。
ということで、凝りに凝って作られたミステリで、自分にとってかなり満足度の高い作品でした。
願わくば『さよなら神様』文庫化の際には、『神様ゲーム』からの流れで、ヒグチユウコさんに表紙を描いてほしいです。

神様ゲーム (講談社文庫)

神様ゲーム (講談社文庫)