Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

中東の国と国もどき〜高橋和夫『中東から世界が崩れる〜イランの復活、サウジアラビアの変貌』

4月6日に、アメリカ軍がシリアにミサイル攻撃を行ったことが大々的に報じられたばかりで、誰もが中東情勢について興味を持っているのではないでしょうか。
そんなときにオススメの本が、この本です。
この本は、最近のニュースとして、2015年7月の、イランと諸大国の合意(イランの核開発をめぐる包括的な協定)と、2016年1月のサウジアラビアとイランの国交断絶について、その経緯を探りながらシリアの問題も含めて中東諸国の歴史や関係をわかりやすく解説した内容となります。


この本の良いところは3つあります。

  1. 中東の国々の歴史や特徴が把握できる
  2. 中東の国々の中でも、どの国に注目すればいいのかが分かる
  3. 昨年出たばかりの本なので、シリア情勢やISなどの最新の中東情勢について使える情報が多い


その中でも1,2。
この本で主役格として出てくるのはイランとサウジアラビアの2か国ですが、2つの国には根本的な違いがあります。
いや、2か国だけでなく、中東の国々に対して、高橋和夫さんは、大きな「レッテル貼り」をします。
これが、自分にとって、この本を読んで最も「目から鱗の落ちた」ポイントでした。

イランとサウジアラビアの両国は本質的に異なっている。というのは、中東には「国」と「国もどき」が存在し、イランは国であるが、サウジアラビアは国もどきだからだ。
(略)ペルシア湾岸に行ってみると、「本質的な意味での国家はイランだけだ」と肌で感じる。歴史的に成立した国家を、国家意識を持った国民が支える−いわゆる国民国家として成り立っているのは、イランただ一国と言ってもいい。p116

ありていに言えば、中東で「国」と呼べるのは3つだけだ。先ほど述べたイラン、そしてエジプトとトルコである。p117

国もどき

「国もどき」とは何でしょうか。

  • 地域の歴史や民族の結びつきと無関係に人工的に作られた国(1916年サイクス・ピコ協定1920年サン・レモ会議によって国境線が恣意的に引かれて出来ている)
  • ゆえに国民の教育水準や国家全体で見た技術水準などの総合力が不足
  • 国家への強い忠誠心を持った国民性はなく、政治的・軍事的な強靭さに欠ける

結果として、イラン・エジプト・トルコ以外の「国もどき」は、いつ消滅してもおかしくないような状況にある、という非常に厳しい評価がなされています。
特に、他より多くのページを割かれているサウジアラビアの問題について、以下のようなものが挙げられています。

  • 肉体労働者の多くは外国人(基本的に自国民は働かなくてもよいという思想)p123
  • 国民の間に「奥にに税金を払う」という観念がないp123
  • 周辺国に侮られないように人口を水増しして報告しているp125
  • 処刑の方法に斬首を使っているp131
  • 教育は宗教教育がほとんどで、その内容が21世紀の現状に対応していないp131


サウジアラビアでは、いつバラバラになるかもしれない国民を束ねるのは近代国家のシステムではなく、オイルマネーということになります。
これを例えばイラクで見た場合、北部のクルド人、中部のスンニー派アラブ人、南部のシーア派アラブ人に三分されています。

このまとまりの悪い集団をサダム・フセインの時代は、力でまとめてきた。スンニー派が少数派ながらも軍を押さえ、力でイラクを統治したのである。イラクを三枚綴りのレジュメにたとえるならば、フセインの独裁は、それをまとめるホッチキスの役割を果たしていた。p168

このホッチキスをアメリカが外したため、民主的な選挙の結果、人口の6割を占めるシーア派が当然勝ち、スンニー派は権力を奪われてしまう。スンニー派の不満が溜まるばかりのこの状態が、テロリストを生む温床になったというのが、イラクの状況のようです。
現在のシリアも、フセイン時代のイラクと同様、少数派(アラウィー派)が多数派(スンニー派)を力で抑え込んできており、民主化を許すことは出来ません。このような状態は、長い歴史の中で作られた国家ではなく、人工的に作られた「国もどき」に共通しています。
第5章では「国もどき」で生じた内線について、本来ならバラバラの部族が無理矢理一つの国の枠内に収められたイエメン(サウジアラビアの南の国)で生じている内線についても取り上げられています。イエメンの内戦は、2015年にサウジアラビアが介入して以降、激化しており、南北イエメンへの分裂やサウジアラビアの疲弊など、中東のバランスを変える可能性があるということで、少し頭に入れておきたいです。

イランという国

この本を読んで、イランという国の見方は大きく変わりました。上に引用したように「いわゆる国民国家として成り立っているのは、イランただ一国」とされているだけではなく、国民の特徴について以下のように書かれています。

イラン人は、自分たちは巨大なペルシア帝国をつくった人々の子孫だという強烈な意識を持っている。地理的な広さに基づく大国意識だけでなく、歴史的な意識に支えられた大国意識をも抱く、誇り高い人々なのだ。p102

古代からこうした歴史的一貫性を持ち続け、自分たちのことを誇らしく語る人は、この世界に二つの民族しかない。一つがペルシア人のイランで、もう一つは「4000年の歴史」を誇る中国だ。p104

そして、中東の国々の中では、そういった歴史的な部分だけではなく、別の面で注目されることも多いようです。

長らく国際社会から孤立し、宗教的(シーア派)にも民族的(ペルシア人)にも少数派のイランは、中東イスラム世界で確固たる権威を築いているわけではない。それでも、イランが中東イスラム世界で、少なくとも庶民層から一定の尊敬を受けているのは、イスラエルへの態度が一貫しているからだ。p111

また一方で、イランの歴史の中で大きく位置付けられる1979年のイラン革命こそが、サウジアラビアはイランをおそれてる原因となっています。

イラン革命は、王様を追い出すことで現在のイスラム体制をつくり上げた。サウジアラビア王家としては、民衆が立ち上がって王様を追放する革命が、イランから中東全体に広がっていくことを何としても避けなくてはならない。イランの存在そのものが王政への脅威なのである。p138

王政から共和制に移行したイラン革命は、それまで同盟国だったアメリカとたもとを分かつ原因となりました。また、「アラブの春」後のエジプトで、民主的な選挙によって選ばれたムスリム同胞団が、欧米の支持を受けず、軍事クーデターで潰されるなど、中東での民主化と欧米の姿勢は逆方向に向くことが多く、その原因について、本の中では「徹底した欧米のイスラム主義嫌悪」という言葉が使われています。
かつて「悪の枢軸」と呼ばれたイランという国は、その象徴と言えるのかもしれず、改めて、イスラム社会と欧米とのかかわりについてもっと知りたいと思いました。
いずれにせよ、この本は、中東に関わるニュースを見る場合に、何度も参照したくなる本で、これまでラジオやテレビでしか触れることのなかった高橋和夫さんの著作をもっと読んで勉強しようと思います。

参考(過去日記)

アルスラーン戦記の舞台となっているパルスは古代ペルシア(イラン)であるということについて触れています。

⇒『中東から世界が崩れる』では、やや手薄だったトルコについては、この本で勉強したことが理解の役に立ちました。クルド民族について、もう少し知りたいですね。安彦良和クルドの星』とか。