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怖がらせるタイミング〜山岸涼子『月読』

月読―自選作品集 (文春文庫―ビジュアル版)

月読―自選作品集 (文春文庫―ビジュアル版)

今年になってから始めた御朱印集め。
八王子にある子安神社では、桜の時期に3日間限定の御朱印があるので、頂いた画像をTwitterに挙げたところ、書かれた神様と同名の山岸涼子の短編があると指摘を受け、収録作を読んでみた。


Wikipediaによれば、御朱印の真ん中に書かれた「コノハナノサクヤヒメ」は、安産の神として知られ、以下のような由来があり、ここで出てくる姉妹の話が、そのまま山岸涼子の短編の題材になっている。

神話では、日向に降臨した天照大神の孫・ニニギノミコトと、笠沙の岬(宮崎県・鹿児島県内に伝説地)で出逢い求婚される。父のオオヤマツミはそれを喜んで、姉のイワナガヒメと共に差し出したが、ニニギノミコトは醜いイワナガヒメを送り返し、美しいコノハナノサクヤビメとだけ結婚した。オオヤマツミはこれを怒り「私が娘二人を一緒に差し上げたのはイワナガヒメを妻にすれば天津神の御子(ニニギノミコト)の命は岩のように永遠のものとなり、コノハナノサクヤビメを妻にすれば木の花が咲くように繁栄するだろうと誓約を立てたからである。コノハナノサクヤビメだけと結婚すれば、天津神の御子の命は木の花のようにはかなくなるだろう」と告げた。それでその子孫の天皇の寿命も神々ほどは長くないのである(天孫降臨を参照)。
コノハナノサクヤビメ - Wikipedia

『月読』に収録されている「木花佐久夜毘売」には、この神様の名からつけられた咲耶(さくや)という女子大学生が登場するが、主人公は「咲耶(さくや)」ではなく、その妹の典子。典子は出来の良い姉と常に比較され、自分のことを、醜い「石長比売(いわながひめ)」に例え、愛されない自分の境遇を恨めしく思う。
そんな典子にも理解者が現れ、明るい終わり方になる、さっぱりした短編で、やや幻想的な「ウンディーネ」と合わせて、元ネタをポジティブな短編に昇華させた後味の良い作品。


「元ネタ」と書いたが、この短編集は6編のうち、5編が日本神話由来の話で、「ウンディーネ」だけが、水の妖精ウンディーネを題材にしている。
表題作は、天照大神(あまてらすおおみかみ)、月読命(つくよみのみこと)、建速須佐之男命(たけはやすさのをのみこと)の3人が登場する話。
表紙に出ている美形男性が月読命のはずだが、実際の作中の月読は、かなり神経質で暗く、ハンサムのイメージは無い。アニメ『ユーリ!!! on ICE』に登場するギオルギー・ポポーヴィッチ(失恋直後)に似ていて、もはやギャグに見えるくらい生真面目だ。
ただし、月読が激昂する2つの場面は、どちらも、こっそり覗いたらことによって、インパクトの強い「真実」が判明する以下のようなシーンで、月読の反応は仕方なく、むしろ同情してしまう。

  • 決して見てはならないと言われる調理中の保食神(うけもちのかみ)
  • 敬愛する姉の天照大神と、乱暴者の弟・須佐之男の隠していた関係

もともとの古事記日本書紀の日本神話からどれだけ逸脱している話なのか分からないが、この短編集の中では、最も多くの有名人が登場し、印象の強い作品が「月読」だった。


そして、表題作のように、起伏があり、結末もしっかりと閉じている物語展開とは異なり、余韻を残す怖がらせ方をしているのが、「蛭子(ひるこ)」と「蛇比礼(へみのひれ)」。
二つの作品はともに、物語の中心に妖しい魅力を持った「子ども」が登場する。

  • 性的な魅力で、語り手の男子高校生や、大人までもを絡めとっていく小学生女子の虹子(「蛇比礼」)
  • 風と木の詩を彷彿とさせる美少年でありながら、親切心から部屋に入れると、必ず物がなくなる中学生男子・春洋(はるみ)(「蛭子」)

どちらも、物語に明確なオチが無く、気持ち悪さがマックスに達するような場面で、あえてぶった切って終わらせているところが恐怖を倍増する。
もうひとつの短編「天沼矛(あめのぬぼこ)」は3編からなるが、そのうちの「緋桜」も、最後の一コマで長年の疑問の真相に辿り着く、という内容で、怖がらせるタイミングというのは、恐怖漫画ではかなり重要だなあ、と思わせる短編集でした。