Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

SFこども図書館シリーズの魅力〜ウェルズ『月世界探検』、R/ジョーンズ『合成怪物』


先日のビブリオバトルで『合成怪物』を紹介した人がいた。
紹介自体、とても良かったのだが、紹介の最後で、「子どもの頃に読んでいたバージョン」として紹介した表紙デザインに「おぉ!!」と声が出てしまった。
それは、自分が小学校の頃に読んで印象に残っていた本『月世界探検』と同シリーズの本だったからだ。子どもが大きくなってから、自分が子ども時代に読んでいたあの本をもう一度読んでみたいと思ったが、Amazonで検索してもよくわからない。そもそもタイトルが月世界探検だったか、月世界旅行だったか曖昧で、また、キノコを食べるシーンがあることと、ラストが寂しいということくらいしか内容を覚えていなかったので、調べようがないと諦めていた。ウェルズに同名の本があることは知っていたが、自分の読んだのはもっと子ども向けの本だったのだろう、と思い込んでいた。


しかし、実際に表紙デザインを見ると、すぐに「これだ」と分かった。
「SFこども図書館」シリーズは、かつて図書館(小学校の図書室)には揃っていることが多かったというレーベルで、表紙デザインを見ているだけでドキドキする。読んだ記憶としては『月世界探検』しかなかったが、ラインナップを見ると、どの表紙も馴染みがあるような気になって来る。
最近は、著作権の関係もあり、子ども向けリライトということはあまり行われていないようだが、『合成怪物』は、子ども向けでしか読めないなど、余計な部分を削ぎ落したからこそ、その本の良さが浮き上がる部分もあるだろう。新作を作るのは難しいのかもしれないが、切らすことなく小学校の図書室においてほしいシリーズ。
それにしても、内容以上に、装丁とイラストが素晴らしい。『エッケ探偵教室』や星新一の一連の著作(イラストは真鍋博)などと同様に、イラスト抜きでは語れない。今回は、そんな「SFこども図書館」シリーズの2冊を調布市の中央図書館から取り寄せて読んでみた。


月世界探検 (SFこども図書館 (7))

月世界探検 (SFこども図書館 (7))

『月世界探検』のイラストは井上洋介。くまの子ウーフが有名な人だが、同じシリーズでは『合成人間ビルケ』も担当しているようだ。
小学校1,2年で仲の良かった友達が描くキャラクターは、目が縦線で表現されることが多かったが、月世界探検のイラストは、まさにその方式で親しみやすかったのかもしれない。
基本的には、主人公のベッドフォード(事業家)と科学者ケイバ―の2人が、引力を断ち切る新たな材料「ケイバ―リット」を使って月に行くという話。
表紙にもあるガラス張りの宇宙船はケイバ―リットを塗ったブラインドに覆われており、ブラインドを開けると、そちらの方に引力が発生し、引き寄せられて宇宙を移動するというもの。
この小説の中の月には、水も空気もあり、気温の変化が少ない地下には知的生命体も暮らしている。2人は、一度、「月人」に捕らえられるが、逃げる途中にはぐれて、結局ベッドフォードのみが地球に戻る。月に残ったケイバ―からは、その後、月世界の支配者と出会った話などが通信で送られてくるが、どうも非業の死を遂げたらしい、ということが分かり、唐突のラストを迎える。


読み返してみると、自分が感じた面白さの核は、月世界の景色や、月人、月の生物の造形など、井上洋介のイラストによるところが大きいかもしれない、という気がする。そして、当時、あまり読んだことのなかった、アンハッピーな終わり方が、強く印象に残っていたのかもしれない。


合成怪物 (SFこども図書館25)

合成怪物 (SFこども図書館25)

『合成怪物』のイラストは三輪しげる。同じシリーズでは『逃げたロボット』も担当。
まず表紙のインパクトが凄い。
後述はするが、タイトル的にも内容的にも最も重要な「ゴセシケ」は、一番下にひっそりと配置され、ピストルを持って倒れ込むような人物*1に囲まれるようにして、折れた高層ビルがブルーバックの遠景に見える。(ラストまで読むと、本の内容にマッチしているのだが)本の内容よりも、不穏な感じ、奇妙な感じから来るワクワク感を優先したこの表紙は、本の魅力を増していると思う。


そして、ゴセシケ
この本の主人公ジョンは冒頭から死んでいる。体も失っている。
しかし、その脳だけは実験室で生きている。
この世界では、政治家や官僚に成り代わってアメリカの中枢に「人工頭脳」が食い込んでいる。かつては電子頭脳がその場所にいたが、死んだばかりの人間から取り出した脳を「人工頭脳センター」で統括管理して利用するようになったのだ。
しかし、体が死んでしまっても脳は生きていて、人工頭脳センターでは「脳」が奴隷のように扱われている。だけでなく、ジョンを含めて多くの科学者は、政府によって殺されたということが次第に分かってくる。
そこで、ジョンを含めた何人かの「脳」が政府に逆襲する、という話。
身体を持たないジョンは、人工頭脳が出す電波で操縦できるロボットを使って合成生物を造らせる。それが、合成神経細胞、略してゴセシケ
ゴセシケは複数存在し、ジョン達は、別の場所にいるゴセシケに意識を移すことによって、テレポーテーションも出来るなど、弱い力ながら知恵の力で巨大権力に打ち勝とうというストーリーになっている。
しかし、この作品も素直にハッピーエンドとは言い切れないラストを迎える。小学生向け作品ではありながら、そういうリアルな部分があるから多くの人の印象に残る傑作となっているのだろう。


2000年代に入って復刊された両作品の表紙は、個人的にはやはり違和感が残る。
しかし、多くの人が読めるように、色々な形で、こういった本が残っていくといいなあと思う。

合成怪物の逆しゅう (冒険ファンタジー名作選)

合成怪物の逆しゅう (冒険ファンタジー名作選)

月世界最初の人間 (冒険ファンタジー名作選(第1期))

月世界最初の人間 (冒険ファンタジー名作選(第1期))

*1:この人物の爪が、服装と同じく灰色に塗られているのも上手いと思う。死んでいるように見える人間とビルがあるから、「合成怪物」であるゴセシケに目が行くようになっている。