- 作者: 木下直之
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2012/03/01
- メディア: 単行本
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彼らは全裸です。
全裸の彫刻です。
しかし、よく見ると、何かおかしなところがあります。
本当に全裸なのか、それともパンツだけ穿いているのか、はたまたパンツが身体と混然一体と化してしまったのか判然としない。いかにもしれは「曖昧模っ糊り」としたままである。
おそらく、これは長い歳月をかけて、日本の彫刻家が身につけた表現であり、智慧であった。美術品であることは、実は「錦の御旗」にならない。「第25回日展 内閣総理大臣賞受賞作品」という金属で出来た台座プレートも、水戸黄門の印籠のようなわけにはいかない。いくら美術品であることを主張したところで、いつ官憲の基準が変わるかわからないからだ。
p7
つまり、この本は、芸術と猥褻の線引きをどう考えるか、についての水際の争いを明治時代から戦後にかけて追いかけた本です。
このテーマに関して最も有名なのは、明治34(1901)年の、俗にいう「腰巻き事件」です。白馬会展で展示された黒田清輝の絵画『裸体婦人像』が警察によって咎められ、絵の下半分が布で覆われたというもので、これ以降しばらくの間、黒田清輝は、(あえて確信犯的に)腰布を巻いた裸体婦人像を描くようになったといいます。
絵画だけでなく彫刻も同様で、明治41(1908)年の第二回文展で二等賞に輝いた朝倉文夫の『闇』という男性裸体彫刻は、展示に先立って、官憲により、股間表現の「修正」を求められたそうです。
その後、彫刻の世界でも、布を巻いたり、木の葉をつけたり、対応に工夫を重ねることになります。
なお、彫刻では無理ですが、絵画や写真では「偶然隠れる」という手法が可能です。「とにかく明るい安村」的手法とも言えますが、フィギュアスケートを題材にした名作アニメ『ユーリ!!! on ICE』の第一回でも、角度的にちょうど隠れているからOKという「全裸」直立シーンがありました。
本書3章では、法的に問題となる「風俗壊乱」について、明治22年以降の変遷が辿られています。
- 明治20年代前半。印刷物としての女性裸体像が問題になり、発売頒布を禁じられる。
- 同じ時期、印刷物ではない裸体画について論争が起きる
- 明治34年の「腰巻き事件」と同時期(明治30年)に「陰部」を公衆に見せないことが道徳風俗にかなうという流れが始まり、「陰部」を隠す表現が広がる。
- 大正7年の大審院判決で、「藝術製品の陰部にあたる部分は何も隠す必要はないが、特殊感情を集中させるような技巧をこらしてはならないという鉄則」が打ち立てられる。具体的には、これ以降、陰毛の有無が問題視された。
その後、この基準は、1990年代に「ヘアヌード」が事実上解禁されるまで、日本に根強く残っていたのでした。
なお、ここでは、美術だけでなく文芸の世界でも問題視された表現として「接吻」という言葉が挙げられています。
実際に、以下の4冊は「接吻」を題名にしたがゆえに、それだけで風俗壊乱の恐れありとして発禁処分を受けたと言います。
菊池寛の小説は、映画化の際に『京子と倭文子』と名を変えさせられたほか、彫刻では「接吻」を「習作」と改題し黙認された事例もあったと言うので、内容ではなく、あくまで題名のみでの判断ということなのでしょう。つまり、先の陰毛の有無の話も同じですが、警視庁の判断のしやすい基準が設けられたということになります。
ところで、オリジナル・ラブの代表曲『接吻』は、この時代(今から100年前)であれば、当然のことながら、発禁処分とならざるを得ないわけですが、改題するとしたら何になるのでしょうか。歌詞から引くとすれば、やはり「色の無い夢」*1を推します。
本の中では、裸体彫刻は、何らかの物語を表現することが難しいため、思わせぶりだがよくわからない題名をつけることで、芸術作品として成立していたという話が出てきますが、このタイトルも芸術作品っぽくていいと思います(笑)。
それだけでなく、本ブログで主張する、「接吻」の裏テーマ*2を直接的に表現したタイトルでもあり、ポップ・ミュージックではなく、アートとして考えた時、このタイトルの方が完成度がむしろ増すとすら言えます(笑)。
- アーティスト: オリジナル・ラヴ
- 出版社/メーカー: EMI MUSIC JAPAN INC.
- 発売日: 2007/10/24
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その他、本の中では、裸体写真や、野外彫刻についても色々な点から触れられており、興味深いところは沢山あるのですが、最後に、タイトルの「若衆」の由来ともなっている「群像」の表現について触れます。
第4章では、男性向け同性愛専門雑誌(『薔薇族』『ADONIS』における写真表現について触れられていますが、こういった雑誌では、裸体を見せているのが複数であることに意味があったようです。したがって、同じ男性裸体彫刻でも「単体」ではなく「群像」であることは非常に重要だったのです。
実は『ADONIS』でも『薔薇族』でも、読者欄の一番の話題、最大の関心事は、そうした「友」に出会えないこと、だからこそ雑誌を介して出会おうとすることなのである。したがって、彫刻となり、公衆の面前に立っても何ひとつとがめられることのない<友>(朝倉文夫の男性裸体彫刻で、二人が全裸で肩を組む)は理想の姿であったに違いない。p161
また、裸の男の群像表現については、「夏祭り」と切り離せないようで、矢頭保*3の写真集『裸祭り』の序文で三島由紀夫はこのように書いています。
日本の男たちは、この一冊の写真集のなかでは、かれらもその一員に他ならぬ近代的工業社会の桎梏から、祭りの一日だけは抜け出して、日常は大工場のブルーカラーであり、あるひは大銀行の窓口掛であり、あるひは大建設会社の下請労務者であるものが、日本の古い民衆の風俗に守られて、褌一本の雄々しい裸になり、生命にあふれた男性そのものに立ち還り、歓喜と精悍さとユーモアと悲壮と、あらゆるプリミティヴな男の特性を取り戻している、そして何よりも、それらを一日でも取り戻せるといふことは、その若い健康な肉体の特権に他ならない
ここでは、日本人の生活に根付いていることが重要視されており、日本における男性裸体が、西洋におけるそれとは別の意味づけがされていることが示唆されています。
裸体表現を辿ることは、それぞれの国の文化や国民性を考えることにもつながるということが分かり、こういった表現についてもっと知ってみたくなりました。
なお、ちょうど先日見た、「ユーリ!!! on Festival」の朗読劇は、世界各国のフィギュアスケーターたちが、長谷津くんちという祭に「褌(ふんどし)」姿で集まり、語り、戦い、協力する内容だった(笑)のですが、まさに、この『股間若衆』で書かれている股間表現の最新型が現れているように見えて驚きました。
まず、アニメの朗読劇という形態は、(見せるわけではないので)視覚的には何でもOKなはずですが、そこに「褌」という、守るべき一線を持ち込むことによって「公式」としての作品世界の風紀が保たれているバランス感覚は、まさに、このアニメの特徴をよく表していると思いました。
そして、それが「褌」であることで、三島由紀夫が言うように「日本の古い民衆の風俗に守られて、褌一本の雄々しい裸になり、生命にあふれた男性そのものに立ち還り、歓喜と精悍さとユーモアと悲壮と、あらゆるプリミティヴな男の特性を取り戻している」ということが強く感じられたのでした。(半分冗談、半分本気)
ということで、色々なことを考えさせてくれた一冊でした。
速やかに今年4月に発売されたばかりの『新股間若衆』にも手を伸ばしたいです。(ろくでなし子事件についても触れられているようで、そちらも気になります)
- 作者: 木下直之
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2017/04/27
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参考(過去日記)
- 老若男女問わずオススメしたいアニメ『ユーリ!!! on ICE』(2017年1月)
→自分は本当にこのアニメが大好きで、ねんどろいどとかまで買ってしまいそうで怖いです。家族の存在が防波堤になってくれていますが…。
→二冊の本の紹介と「聞かれたくなかった質問」の内容が書かれていますが、オリジナル・ラブ『接吻』が登場するのは、「聞かれたくなかった質問」の部分です。かなり本質的な部分を突いた内容になっているような気がしています(笑)
ねんどろいど ユーリ!!! on ICE 勝生勇利 ノンスケール ABS&PVC製 塗装済み可動フィギュア
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- 発売日: 2017/07/27
- メディア: おもちゃ&ホビー
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ねんどろいど ユーリ!!! on ICE ヴィクトル・ニキフォロフ ノンスケール ABS&PVC製 塗装済み可動フィギュア
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