Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

久しぶりの一気読み小説〜沼田まほかる『ユリゴコロ』

ユリゴコロ (双葉文庫)

ユリゴコロ (双葉文庫)

久しぶりに、ページをめくる手が止まらない読書となった。
夏以降に読んだ小説は、『鳩の撃退法』や古野まほろ『天帝のはしたなき果実』、山田正紀『ここから先は何もない』など、何となく「ヨッコイショ」な読書で、寸暇を惜しんでページをめくるような本とはならなかった。そして、絶対的信頼を置く乙一(『さみしさの周波数』)ですら、のめり込むような、いわば「ゾーンに入る」というような読書体験は得られなかった。
しかし、今回は違った。

ある一家で見つかった「ユリゴコロ」と題された4冊のノート。それは殺人に取り憑かれた人間の生々しい告白文だった。この一家の過去にいったい何があったのか―。絶望的な暗黒の世界から一転、深い愛へと辿り着くラストまで、ページを繰る手が止まらない衝撃の恋愛ミステリー!各誌ミステリーランキングの上位に輝き、第14回大藪春彦賞を受賞した超話題作!


主人公が、父の押入れから見つけたノートを読み始めてからは、止まらなくなる。まさに「沼田」沼に引き込まれた感じだ。
まずは、殺人者の手記が書かれた4分冊のノートを、父のいないときを見計らって読むという行為が、今まさに読者が小説を読んでいる状況と重なる。これほどの内容の手記を、部外者が覗き見するような形で読んでいることに、自分も何となく後ろめたさを感じてしまっているのだ。
見つからないうちに一刻も早く読まなければ…。


読んでいる途中で、父が帰って来てしまい、押入れに戻す。続きを読むのに、また一週間待たなければならない…というシーンなんかは最高だ。
作中の主人公が「読む」、それだけでサスペンスになっている。
実際に1週間を待つわけではなくても、読者は続きが読みたくて、作中の1週間が待ちきれない。


そして、何と言っても、手記の病んだ感じ。
「私のように平気で人を殺す人間は、脳の仕組みがどこか普通とちがうのでしょうか。」という冒頭の文も強烈だが、4歳から遡って思い出を語る中で、友だちの家で、直接的に「死」をイメージさせる古井戸を見つけたシーンは特に印象的だ。

まるで、私が穴を見つけたのではなく、穴が私を見つけ出したようでした。
そばに行くと、湿ったにおい、闇のにおいが上がってきて、私は息といっしょにそれを吸い込みました。
穴に顔をつけたとたん、闇が目に吸い付いてきました。どこまでが自分の目でどこからが闇なのかももうわかりません。ただどこまでも、ただ暗いのです。p29


こういった「異常な感じと」、「ユリゴコロ」という(話者の)独特の言葉選びのセンスは、(勿論、他のまほかる作品でもあっただろうが)村田沙耶香と似ているなと感じた。ほとんど理解できない感覚だけれど、常識的な感覚の縁を進んで、ギリギリ共感できるような…。


しかし、読者の気持ちを引き付けて離さない、この手記の話以外に、主人公・亮介の実生活の問題がある。特に、婚約者・千絵が突然姿を消してしまった問題は亮介にとってインパクトが大きく、すぐに取り組まなければならない問題のはずなのに、特に進展のないままに中盤まで進む。
まさに、この部分が、この小説の一番面白いところだと思う。
読んでいる方としては、「この手記は誰が書いたものなのか(誰が殺人者なのか)」というところが一番気になるものの、その話がこの小説のメインではないだろう、ということも同時に感じている。
おそらくメインになるはずの千絵の失踪については、よくわからないまま中盤が過ぎ、手記の話も、まだ盛り上がっている。一体、この小説はどこに向かうのか?予想がつかないまま、8割くらいまで進み、そこから一気に畳みかけるようなラストという怒涛の展開。
大藪晴彦受賞も納得しきりの、素晴らしいエンタメ小説だった。(大藪賞自体は、もっと冒険小説ぽい話が取るように思うが)

映画について

映画『ユリゴコロ』オフィシャルサイト

ある意味で、バランスが取れていないのが魅力、というこの物語を、吉高由里子主演(松坂桃李×吉高由里子×松山ケンイチの3人主演という扱い?)の映画は、どれだけトレースできるのか、というのは気になる部分だ。バランスが取れてしまうだけで、この物語の、行先が見えない、どん詰まりな感じの魅力は失せてしまうと思う。
また、序盤では手記を書いたのが男性か女性かすら分からない、という部分も、当然トレースできるわけがなく、ある意味で「映像化不可能」な作品を映画化してしまったなあ、と思ってしまう。
ただ、この物語の鍵を握る重要な人物について、自分は、その人をめぐるラストの展開に「え!!」、そんな風には見えなかったけど…と小説を読んでいて思ってしまった。そこら辺の演技は、是非映画で確かめたい、とも思っている。
ただし、やはり出来るだけ事前情報を入れないで読むのがこの本の楽しみ方だと思うので、未読の人は、映画の予告編を見ることはお勧めしません。また、映画を観ていない中でこういうのもなんですが、当然、小説から読むべき作品だと思います。