Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

学習マンガは何故わかりやすいか〜『運慶と鎌倉仏教』×『マンガでわかる天才仏師!運慶』

運慶と鎌倉仏像 (コロナ・ブックス)

運慶と鎌倉仏像 (コロナ・ブックス)

マンガでわかる 天才仏師! 運慶 (単行本)

マンガでわかる 天才仏師! 運慶 (単行本)


東京国立博物館で開催中の「運慶展」が気になって、その予習のために手に取ったのは瀬谷貴之『運慶と鎌倉仏像』。
ところが、ほぼ写真集のような構成にもかかわらず、文章部分が難しくて読めません。

そこで、方針を転換してマンガで勉強することにしました。
そうしたら、予想以上にわかりやすく、運慶の人物像とその主要作品が掴めました。
ここで少し思ったのです。
なぜマンガだと分かりやすいか?

田中ひろみ『マンガでわかる天才仏師!運慶』

帯には「運慶のことがやさしくわかる!30分で運慶の生涯、イッキ読み」とあります。個人的な感覚では30分では読み終えることができませんが、確かに全体のボリュームが抑えられる、というのはマンガの大きな利点です。
しかし、ボリュームが少ない(30分で読める)ことばかりアピールする、のはどうでしょうか。マンガにするとなぜわかりやすくなるのか、ということを、帯を書いた人は理解しているのでしょうか。


今回読んだ2冊は、元が異なる本なので、直接的な比較はできませんが、今回読んで感じた学習マンガのメリットは以下の通りです。

  • 漫画表現は「過剰(デフォルメ)」が基本なので、本だと「盛り過ぎ」「商業的」と思われるような表現を入れやすい
  • 人間関係や建物、台詞の重要度が、人仏描写やコマの大きさに表現されており、基本的な図式が理解しやすい
  • 何より、押さえておくべきポイントと全体情報量のバランスが、素人のニーズと合っている


運慶を、というより、運慶展を見る上で、最も重要な情報の一つは
「運慶作と認められているか、その可能性の高いものは現存で31しかない」
ということ。このことが冒頭でしっかりと語られているのが良かったです。
運慶展では、31のうち22点が上野の東京博物館に集められるということで、これは行かねばなるまい、という気持ちにはなってきます。
勿論、この情報は、運慶という人物の歴史上の功績というよりも、「運慶展」という特別展がアピールしたいことなのですが、素人的には、かなりグッとくる情報です。


次に「図式」ですが、焦点が当たる運慶ら奈良を拠点に活躍した「慶派」を説明するのに、京都を拠点に活躍した「院派」「円派」という当時の主流についても紹介されており、頼朝の時代の仏師たちの構図が少し理解できました。
また、1180年の南都焼き討ち(反平家勢力の拠点となっていた奈良の興福寺東大寺が焼き討ち)があり、南都の復興の中で奈良仏師たち非主流派が勢力を伸ばした、という時代の流れがよく分かりました。
なお、東大寺復興時に慶派が手掛けた四天王像は像高約13m、大仏の両脇侍像は約9m(大仏は約15m、南大門の金剛力士像は8.4m)ということで、現存しないのはとても残念です。


なお、頼朝以外のスポンサーの中では、文覚(もんがく)について、かなりマイナスのイメージを持って触れられていたのが面白いです。
こういった個々の人物のエピソードや史実についてくどいと感じるのか少ないと感じるのかは、読む人のレベルによるのでしょうが、自分にとってはちょうど良かったです。例えば、南都焼き討ち時の平家の状況や、源頼朝の功績については説明がありませんが、その意味では、自分の歴史知識レベルが、作者の想定しているレベルと合致しているのかもしれません。


さて、実際の仏像が写真ではなく「絵」であることは、知識を得るために読むという意味では、ほとんど障害になりませんでした。実際、インターネットで調べれば写真画像はいくらでも出てくるので、あくまでマンガであって写真集ではないのだ、と割り切れば気になりません。勿論、イラスト自体は綺麗なので、写真を見るのとは別の面白さがあります。特に、八大童子のイラストは、田中ひろみさんの「推し」の恵光童子が心もちハンサムに描かれている気がします。


というように、時系列的の流れや人間関係を押さえながら、基本的知識を短時間で得るのには、学習マンガは、そのポテンシャルを十分に発揮すると言えます。ここでいう知識のレベル(作者の視点)が全体ボリュームや読者レベルと合っていないと、好奇心が持続しないし、全体像を図式化してとらえていないままに作られたマンガは、単に内容が薄いだけの本になってしまうのではないでしょうか。


瀬谷貴之『運慶と鎌倉仏像』

さて、マンガを読んだあとにこの本を手に取ってみると、まず、この本自体の意図を十分理解していなかったことに気づかされました。つまり、この本は、基本的に「鎌倉仏像」について書かれた本で、運慶は、鎌倉仏像に与えた影響が大きいという意味で取り上げられています。
面白かったのは、「新興都市鎌倉は、すでに霊験やご利益のあることが確かな社寺を移入して街づくりが行われた」ということです。例えば鎌倉大仏は、創建当初は「新大仏寺」と呼ばれ、新善光寺、新長谷寺、新清水寺、新清凉寺があったと紹介されています。(鎌倉大仏長谷寺以外は廃寺となった)
また、この本のメインである、「運慶の仏像には、身代わりとなり罰を受けたり、夢告により命を救うなどの伝説が生じ、語り継ぐうちにさらなる霊験仏を生み出していった」というところも面白く読みました。
なお、ここで紹介されている十二神将立像のうち戌神像は、運慶作といわれる大倉薬師堂像(身代わり伝説があるが、現存しない)を模刻した覚園寺のものと鎌倉国宝館のものの二つが似ているとされていますが、顔自体はあまり似ておらず、かつ、どちらも日本人離れした顔つきで印象に残ります。

また、地獄からの救済と密接に結びついた地蔵信仰が中世鎌倉で盛んだったことなど、平安末期から鎌倉にかけては、戦乱が多く、民衆レベルに至るまで、宗教的なものが求められたのだな、ということもわかりました。
運慶の仏像というと、芸術作品としてのイメージが強いですが、運慶自身は「仏師」であり、末法の世思想の中での鎌倉仏教という大きな時代背景があることに気づかされました。
さて、予習も済んだので、あとは東京国立博物館に行くだけです!