Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

なぜ人は「怖い絵」展に3時間も並ぶのか〜中野京子『怖い絵』

怖い絵 (角川文庫)

怖い絵 (角川文庫)


原作本が大好きなよう太が熱望するので、11/3に上野の森美術館で開催中の「怖い絵」展に行ってきた。10時開館のところを9時15分について入場したのが11時15分ということで、実質2時間待ち。ただ、その後1時間半近くは親子それぞれで音声ガイドもつけて十分に作品を堪能した。

最初に結論から言うと、とにかく「レディ・ジェーン・グレイの処刑」に尽きる。
これがあったから2時間待った甲斐は十分にあったと胸を張れるし、逆にこれが無かったらいまいちピンと来ない展覧会になっていたように思う。
『怖い絵』の中野京子さんも、まさにそこを最重要事項と考えていたようで、現代ビジネスの記事を読むと、この絵をめぐる苦労がよくわかる。

なかなかのラインナップと思いつつ、しかし成功する展覧会には絶対に「顔」が必要だ。それは玄人も素人も、老若男女全てを、一目で有無を言わさず惹きつける作品でなければならない。美しくて怖い、そのことが一瞬で見てとれる作品でなければならない。

『怖い絵』の「怖い」が血まみれのスプラッターや目をそむけるグロテスクではなく、美術作品として完成されていて、なおかつそこにはまだ謎があり、何だろう、知りたい、ずっと見続けていたい、と思わせるものでなければならない。

できればそれは『怖い絵』シリーズ全5冊の表紙のうち、まだ来日していない作品が望ましい。となると、ドラロ―シュの「レディ・ジェーン・グレイの処刑」をおいて他にはないのだった。

これだ!――我ら師団は一致した。
(中略)
極悪非道のわたしは「ジェーンが来ないなら『怖い絵』展はやらない」と告げ、追いつめられた藤本さんは、もし借りられなかったら失踪しようと思ったという。
「怖い絵」展開催までの悪戦苦闘(現代ビジネス)

所蔵先のロンドン・ナショナル・ギャラリーは「ジェーンを見に年間600万人が来館するのに、半年も貸せない」と言ったというが、3m×2.5mという大きさもあり、確かに、ロンドン・ナショナル・ギャラリーでの人気もうなずける迫力。
なお、ポスターなどで使われたこの絵のコピー『どうして。』も最高だ。兵庫県美の学芸員、岡本弘毅さんによるものだというが、突如女王にまつりあげられ、9日後に断頭台に向かうことになった彼女の心情を短い言葉で効果的に表現できていると思う。


現代ビジネスの記事では、この展覧会の独自性は3つあると、中野京子さん自らが語っている。

1つには、美術専門家でもないドイツ文学者による書籍(角川文庫『怖い絵』シリーズ)が元になっていること。

2つ目は、画家や美術館くくりではなく、「恐怖」を、それもさまざまな恐怖を孕んだ西洋絵画が集められていること。

3つ目は、各作品の横にかなり長めの解説を掲げ、また詳しい音声ガイド使用も促して、自分の感性だけを頼りにするのではなく知識を得て絵を見てください、と鑑賞者に(不遜にも)強制していること。


このうち3つ目が今回の映画の一番のポイントで、そもそも中野京子さんが原作本の刊行時にも意識されていたことだ。

ところが、この部分は自分が展覧会に行くときのイメージとは異なる。
中野さんは、「知識よりも感性を頼りにして美術作品を見ろ」と教えられた、というが、自分の印象は逆で、小中高で、むしろ美術作品の背景部分についても勉強したように思う。
これに加えてセザンヌゴッホだ、という一部の絵画に対して権威的に持ち上げて、ひたすらにそれらを「良いもの」と評価しなければならないような空気を、自分は「美術館」というものに勝手に感じていた。要するに、自分の感性で「良い」「悪い」を評価できない面倒くさいものだと思い込んでいた。
自分が現代美術を好きなのは、自分の感性で良い悪いを判断でき、これまでに見たことのない表現で自分を驚かせてくれるから。『怖い絵』が否定する美術作品へのアプローチこそが、自分が展覧会を観に行くときの基本姿勢だった。


実際、今回、初めて『怖い絵』(一冊目)を読んでみたが、惹かれるのは『キュクロプス』や『我が子を食らうサトゥルヌス』など、説明なしで圧倒的に怖い絵。
一方で、『ベラスケスによるインノケンティウス10世の肖像後の習作』や、情報量過多な『愛の寓意』など、作品の背景を知ることによってはるかに絵を見るのが楽しくなることも実感できる。
『怖い絵』という本は確かに面白い。


しかし、自分が2時間待ってこの展覧会を見て「良かった」と思えたのは、、細かい蘊蓄があったからというのとは違う。
ジェーンの圧倒的な存在感があったからこそ、だ。
細かい蘊蓄は美術館で知って楽しむものじゃない。それこそ、読書の楽しみそのものだ。
11/3は美術館を出る頃、3時間半待ちの行列が出来ていたのだが、それほどまでに『怖い絵』展が人気になった理由が「蘊蓄」なのだったら、本の方がもっと売れろよ、と思ってしまう。


一方で、特に今回強く思ったのは、オデュッセウスだとかセイレーンだとかキルケ―だとかの神話の話や、世界史の基本事項くらいは、やっぱり知っていた方がいいなあ、ということ。
美術館で、絵に登場する人間たちの物語を知っても理解の助けにはなるが、感動するまでには至らない。
それこそ、今見ているのが、加藤直之の描くグインサーガの表紙だったらもっと心に響いているのに、と何度思ったことか。


ということで、中野京子さんをはじめ、もっと美術を楽しむための知識を身につける本を読んで次に備えておこう、と思ったのでした。


次はこれか。


やっぱりしっかり作品が載っていそうな本がいいな。

ビジュアル図解 聖書と名画

ビジュアル図解 聖書と名画