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その熱量は人生を変える〜朝井リョウ『何者』

何者 (新潮文庫)

何者 (新潮文庫)


読後すぐに思ったのは、とにかく構成が上手いということ。
もう少し詳しく言えば、物語の起伏のつけ方で読者の心情を思うがままにコントロールしつつ、整理された物語の配置の妙に、最後に読者が唸らされる。そんな本だと思う。
ただ、やっぱりこの作品の一番の魅力は、その「熱量」。
クライマックス部分の熱量には衝撃を受けた。
ということで、ネタバレは避けられないので、そこは全く気にせず感想を書いてみる。


文庫巻末の解説で、この作品の映画化も手掛けた三浦大輔さんが、作品の魅力を上手くまとめている。

一般的に言われているであろう、『何者』という小説の魅力は、主人公の立場で感情移入し、安全な場所で傍観していた読者が、いきなり当事者になり変わるところだろう。朝井さんの作品は、人間誰しも心に忍ばせている、矮小な自我を容赦なく暴き、「ほら、みんなもこいつらと一緒だろ」と、読者の襟首を掴むかのように突きつけてくる。もちろん、そこに辿りつくまでの物語の伏線の張り方・構成も見事としか言いようがないのだが。

小説を読む楽しさは、「安全な場所」から物語に参加できる「読者」というポジションが与えられる安心感によるところも大きい。そして、読者の感情移入先の「主人公」という立場も同じで、他の登場人物よりも「上から目線」で観察・描写することができる、ジョーカーのような特別なカードなのだ。よく使われる言い方で言えば、主人公と読者の「共犯関係」、その言葉がここまでぴったりな小説も珍しい。
その「共犯関係」について、作中では、嫌なタイプの人間として描かれていた人物から指摘される、そのちゃぶ台返しが『何者』のクライマックスだろう。
主人公・拓人が就活2年目であるということが作中で初めて明らかになり、さらに秘密にしていたツイッターの別アカウントの存在について指摘した理香は畳みかける。

  • 「あんたは、誰かを観察して分析することで、自分じゃない何者かになったつもりになってるんだよ。そんなの何の意味もないのに」
  • 「拓人くんは、いつか誰かに生まれ変われると思ってる」
  • 「この鋭い、自分だけの観察力と分析力で、いつか、昔あこがれたような何者かになれるって、今でも思ってる」
  • 「いい加減気づこうよ。私たちは、何者かになんてなれない」
  • 「ダサくてカッコ悪い自分の姿で、これでもかってくらいに悪あがきするしかないんだよ、もう」
  • 「でもね、そんな遠く離れた場所にひとりでいたって、何も変わらないよ。そんな誰もいない場所でこってりと練り上げた考察は、分析は、毒にも薬にも何にもならない。それは、誰のことも支えないし、いつかあんたを助けたりするものにも、絶対ならない」


もう10年間も、誰もいない場所でこってりと読書感想文を書いている自分としては、色々と刺さるところの多い指摘だった。


ただ、一方で、この小説には突っ込みどころも多い。
ラストで、生まれ変わった拓人の面接場面が描かれるが、それは、カッコ悪い自分の姿を晒すというよりは、ただの自爆なのでは?とも思うし、勿論、作中の人物が皆若いために、彼らの台詞が青臭すぎると感じる人も多いだろう。
しかし、一番のツッコミどころは、クライマックスで畳みかける理香の性格の悪さだろう。お前が言うか!と。それをお前が言うのか?と、誰もが思ってしまう。
読み返してみると、ミスリーディングのためとはいえ、拓人は人間関係に恵まれている。
作中で一番の好青年として描かれる光太郎と一緒に暮らし、頼れる先輩・サワ先輩からもケアしてもらっている。居酒屋で長い間バイトを続け、意中の人物・瑞月は、同じ居酒屋で最近バイトを始めた。
もう、この事実だけで、拓人はちゃんとした人間だと思う。
裏アカウントの存在なんかは、むしろ可愛いもんだとすら思ってしまう。
それと比べると、理香の、プライドばかり高くて、自尊心を満たすためには、人を不快にする発言も気にしない性格は、とても友達が多いようには思えない。
拓人と理香は似た者同士なのだが、理香は「私はあんたと一緒じゃない」と言う。

  • 「そこが違う。私は拓人くんのことを笑ってはいない。かわいそうだとは思ってるけどね」

これが、いわゆるマウンティング以外の何であるというのか。


ただ、延々と理香が拓人に台詞を畳みかけるこのシーンは、やはりこの熱量だけで名シーンだ。しかも、この発言が拓人の行動を変えることになる。言葉よりも熱量が人生を変える名シーンだと思う。


大学生同士が言いあうことだから、青臭すぎたり、ただのマウンティングだったりで、一言一言は、それほど深くは刺さらない。むしろ性格の悪いところや粗ばかりが目立つ。
しかし、就活という大舞台を前にして高まる緊張感やあり余る熱量はものすごく伝わってくる。
拓人のように、自分の行動を変えよう、悪あがきをもっとしようと思える、とても良い一冊でした。
映画や関連本にも手を出したいし、朝井リョウ作品はもっと読んでみたい。


何者 DVD 通常版

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何様

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スペードの3 (講談社文庫)

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