Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

官能小説×ミステリ〜花房観音『女の庭』

女の庭 (幻冬舎文庫)

女の庭 (幻冬舎文庫)

恩師の葬式で再会した五人の女。近況を報告しあううちに、教室で見たビデオの記憶が蘇り――。先生と濃厚なセックスをしていた、あの女は誰だったのか。互いに互いを疑いながら、女たちは今日も淫らな秘め事を繰り返す。不倫、密会、出会い系……。秘密を抱える腹黒い女たちと、それを監視する街、京都。重ねた噓が崩壊する時、女の本性が放たれる。


花房観音にどのようにして辿り着いたのかは忘れてしまったが、団鬼六賞受賞作家で、何よりも女性の描く官能小説ということで気になり、代表作を読んでみることにした。
しかし、実際に読んでみると、予想を裏切り、その「エロ」は非常に男性的で驚いた。
まず、分量が多い。体感では文章の3割くらいを性描写が占める。しかも、内容がAVのよう、つまり、特殊な設定や台詞などが劇場的。冒頭に登場する絵奈子は京都弁で喋ることもあって、その台詞には笑いが漏れてしまうほどだ。

  • もう…あかん…あかん…
  • 吸うて…かんにん…もうたまらへん…
  • 入れてぇな…入れてぇ…もう、うち、たまらん…

だから、エロシーンだけ読んでいると、「自分は何を読んでいるんだろうか?」という気持ちがムクムクと湧いてきてしまうのだが、全体を通して読むと、非常に上手い小説になっている。


解説で唯川恵は、花房観音の小説を次のように評価する。

もし、誰に対しても嫉妬なんかしません、人と比較するなんて無駄なこと、などという女がいたら、逆に信用できない。
自身の在り方を測れるのは、負の感情との向き合い方にある。相手に意地悪な視線を向ける時こそ、自分の本性が見える。負の感情がないということは、自分が見えていないからであり、もっと言えば、見ようとしない、目を逸らしている、と同じなのではないかと思ってしまう。
嫉妬の字の両方に「女へん」が付いているように、きっとそれらの感情を持ち続けている間を、女と呼ぶに違いない。
花房さんは、そんな女たちを痛いくらいにリアルに表現し、女同士の危うい均衡を巧みに描ける作家である。

実際、作中で登場する5人の女性それぞれの視点から描かれる5章の短編は、(セックスシーン以外では)お互いを蔑み、羨み、5人の中での自分のポジションを確認する心理描写が多く、(正直に言って感情移入しにくいキャラクターばかりなのだが)そこだけで惹きつけられる。
物語を駆動するのは「ビデオの中で大学のゼミの教授と一緒に映っていた女性は一体だれだったのか」という謎だが、それがまさに性行為を撮影したものであることで、官能小説というフォーマット、女性グループの中での疑心暗鬼という題材が一体的に小説の中で機能している。
しかも、その謎に対して、なかなか「意外な犯人」が判明する終章では、その他にもいくつかの新事実が明らかになり、ミステリとしても質が高いと感じた。


同時期に、やはり女性作家が性を題材に描いた漫画である鳥飼茜『先生の白い嘘』を読んだが、手法が全然違うのも面白い。『先生の白い嘘』は強いメッセージがあって描かれた漫画だからということもあるのだろうが、女性→男性の視点と、男性→女性の視点のバランスを取ってあるように思う。
一方『女の庭』は、男性登場人物は無個性で取り換え可能なため、女性→男性の視点も女性→男性の視点も、非常に少なく、女性→女性という妬み嫉みの感情が非常に多い。
唯川恵が解説で、この作品のセックスシーンの魅力を「どんな官能的な記述も、男を発情させるためでない」と書き、「女にとってセックスは、男性の肉体を使ったマスターベーションである」という箴言まで引用している。確かにそう言われてみれば「AV的」と感じた数々のシーンも違うものに見えてくるのかもしれない。


ダ・ヴィンチのインタビュー記事なども読むと、官能小説のイメージと同じくらいホラー小説のイメージも強い作家のようなので、次はホラー小説にもチャレンジしてみたい。