- 作者: 貴志祐介
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どうしても本を読めなかった4月半ばに、そんなライフハックで選んだのは貴志祐介の代表作『悪の教典』。
貴志祐介の本は、これまで、初期作品を中心に抑えていて、評判の良くなかった近作(と言っても2013年)『雀蜂』 も楽しく読んだ気がする。
そこに来て今回、大本命の『悪の教典』(2010年)。これは絶対に間違いないだろう、という確信のもとに読み始めた。
……
面白い。
読み始める時点で、主人公が高校教師で殺人鬼の役回りとなることは知っていたが、その知識がなくても、冒頭から蓮実聖司(ハスミン)は、その危険さを隠そうとしない。
また、映画のキャストも知っていたため、ハスミンのイメージは、最初から伊藤英明だった。それも早く読み進めることが出来た理由かもしれない。
蓮実は、学校のことを「小さな王国」と呼ぶ。
これほどまでにIQが高く、ハーバード大学から一度はアメリカの投資銀行に就職した人間が、なぜ一介の高校教師をしているのか。その理由は下巻で語られるが、蓮実にとって、教師は天職であり生徒は道具。
その王国で築かれた「頭が良く、性格も良く、皆から慕われる先生」という立場をどのような知性を持って守るのか。疑いを持ち始めた何人かの生徒までを騙しきれるのか。
物語前半は、反社会的な犯罪行為を、周囲にいる人たち皆を欺いてやり遂げてきた半生が語られ、漫画『デスノート』のような物語なのかと期待が高まる。
しかし、途中からボロが出始める。
修学旅行中に生徒と密会など、隙のある行動が多過ぎて、とても「緻密なサイコキラー」という感じではなくなる。勿論「殺人鬼」という設定に理想(?)を抱き過ぎなのかもしれないが、ハスミンの超人的な魅力はどんどん薄れていく。
そこに来て、下巻では、美彌の殺人計画があっという間に崩れ去り、目撃者へのフォローも出来ないまま、文化祭準備で多くの人間が深夜まで残る学校が大量殺人の舞台となることが決定する。
…木の葉は森に隠せ。あたりまえのことだが、真理を衝いている。
死体を隠したければ、死体の山を築くしかない。
下巻p189
ハスミンの計画性のなさが招いたトホホな決断ではあるが、正直言って、これ以降の展開はクライマックスが連続して、すごく面白い。
ジェイソンが多くの人間を死に至らしめるスプラッター・ホラーのようで、とても映像的。三池崇史監督がこの小説に惚れ込むのもよく分かる。
勿論、スプラッター・ホラー的に面白いということは逆に、小説としてはチープで「あり得ない」、という印象を与えることになる。
ここまでミスを積み重ねておいて、そのミスを隠すために40人全員殺す結論に至るというのは、恐怖よりもハスミンの無能さをよく表している。
これは、リアリティラインが小説と映画・漫画で異なることも影響していると思う。おそらく、『悪の教典』のストーリーは、漫画や映画では、「全然あり」という類の話だと思う。ただ、小説にしてしまうと、設定が雑に思えて仕方がなくなる。
しかし、その難点に目をつぶれば、ラストまでノンストップで読める面白小説になっていると思う。
ハスミンが、ギリギリ超人的な魅力を保っている早水圭介との対決シーン。
ここでは、彼が何故殺人を続けるのか、その理由が自らの口から語られる。
(略)問題があれば、解決しなければならない。俺は、君たちと比べると、その際の選択肢の幅が、ずっと広いんだよ。(略)
かりに、殺人が一番明快な解決法だと分かっていたとしても、ふつうの人間は躊躇する。もし警察に発覚したらとか、どうしても恐怖が先に立つんだ。しかし、俺はそうじゃない。X-sportsの愛好家と同じで、やれると確信さえできれば、最後までやり切ることができるんだよ。
スリルや快楽を求めて殺人に走るのではなく、問題解決のために、殺人という選択肢を除外しないだけなのだ、というこのスタンスに『悪の教典』のアンチヒーロー蓮実聖司の新奇性を見ることができる。「共感性」がない、というのはサイコパスとしてありきたりな特性だが、自己の利益を極限まで追求するその性格は素直にカッコいいと思える部分もある。(念のために書いておくが、対女性への蓮実の態度は最悪だ)
ただ、高校時代の憂実、そして、美彌に手をかけようとしたときに、蓮実自身も驚いた「戸惑い」や、表紙にもなり、途中何度も幻覚として現れたカラスなど、思わせぶりに登場して回収されなかった伏線がいくつかあること。また、どう考えても存在意義が分からないエンディング後のボーナストラック「秘密」「アクノキョウテン」など、不満もある。
それでもエンタメとしては面白かった。
次は読み損ねていたもう一方の大作、『新世界より』を読んでみたい。
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参考(過去日記)
- 映像化を希望したい“男VS蜂”のガチンコ対決〜貴志祐介『雀蜂』(2014年10月)
- 個人的「鉄板」作家の満足度の高いミステリ〜貴志祐介『硝子のハンマー』(2011年9月)