Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

韓国ミステリの渋谷系~キム・ヨンハ『殺人者の記憶法』VSラジオ番組乗っ取りサイコキラー~フィツェック『ラジオ・キラー』

翻訳小説を読まない自分にとっては珍しく、2冊連続して翻訳小説を読んだ。
そのうち、大絶賛の『殺人者の記憶法』は、読後に昨年(2018年)に第四回日本翻訳小説大賞に輝いていることを知ったが、それに違わぬ傑作だった!

キム・ヨンハ『殺人者の記憶法

殺人者の記憶法 (新しい韓国の文学)

殺人者の記憶法 (新しい韓国の文学)

主人公キム・ビョンス。70歳、男性。元獣医。そして、元・連続殺人犯。過去一度も逮捕されたり拘束されたりしたことはない。殺人はとうの昔にやめ、田舎で詩や古典を嗜みながらのんびりと暮らしていたが、とうとう病院でアルツハイマーと診断される。頼れるのは一緒に暮らす愛娘のウニだけ。ある日、そのウニが交際相手の男を連れてくる。男の名はパク・ジュテ。ビョンスはその目を見ただけで、自分と同じ“殺人犯”の匂いを嗅ぎとり、パク・ジュテの次なる殺人のターゲットがウニであることを確信する。そして記憶の喪失と闘いながら、娘を守るため、人生最後の殺人を計画する。
2018年1月27日映画公開! 認知症の殺人犯を描き韓国でベストセラーとなった新感覚ミステリー『殺人者の記憶法』 | ダ・ヴィンチニュース

殺人者の記憶法』は本当に好みの作品で、90年代渋谷系音楽を思い出した。
カバー装丁も含めてどこを切ってもカッコいい。
オリジナルというよりは、哲学書からの引用などカッコいいものの繋ぎ合わせに感じる。引用に満ちていた渋谷系音楽に似ている。
さらに、この本のジャンルはミステリということになるかもしれないが、文体を意識しているという意味では純文学的だ。
その「純文学を模している感じ」が渋谷系的だと感じるのだ。
俺、こんないいレコード持ってるんだもんね、というDJ的な文章の運びが「ファースト・クエスチョン・アワード」的なのだ。*1

  • オイディプスは無知から忘却に、忘却から破滅に進んだ。俺はその正反対だ。破滅から忘却に、忘却から無知に、純粋な無知の状態に移行するだろう
  • パク・ジュテを殺すと決めて以来、突然食欲が戻った。夜もよく眠れるし、気力もいい。これはウニのためにやることなのか、自分が好きでやっていることなのか、だんだんわからなくなってきた。p76
  • 本棚で、いい詩が書かれた紙を見つけた。感嘆して何度も読み返し、暗記しようとしたけど、それは俺の書いた詩だった。p100

主人公キム・ビョンス の手記で物語が進むこの小説は、こんな風に、細切れの引用や「記憶メモ」、そして時に笑ってしまうようなアルツハイマーあるあるが列記される。当然、改行も多くページも黒くない。それでいて全体ボリュームが150ページ程度とあっさりしているので非常に読みやすく、 誰にでもオススメできる傑作小説。諸般の事情で内容についてはあまり詳しく話せないので、すぐに読んでほしい(笑)


映画版の惹き文句も「アルツハイマーの連続殺人鬼VS新たな殺人鬼!」と馬鹿っぽく、エンタメ感が高い。が、どうも、原作小説とは設定等が異なるようで、こちらも是非見てみたい。さらに、映画版は本編と別バージョンの『殺人者の記憶法:新しい記憶』というのがあるらしい。これはとても気になります…。

殺人者の記憶法:新しい記憶 [DVD]

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セバスチャン・フィツェック『ラジオ・キラー』

ラジオ・キラー

ラジオ・キラー

さて、『殺人者の記憶法』大絶賛の理由のひとつに、直前に読んだフィツェック『ラジオ・キラー』のボリューム過多がある。何しろ頁数だけで言えば、150ページ対480ページだから分量的には3倍だ。
しかし、『ラジオキラー』は、それだけで「負けました」と言いたくなる新奇性に満ちた設定で、面白くないわけがなく、リーダビリティも優れている本なのに、読み切るのが本当に辛かった。

その日が、彼女の人生最期の日となるはずだった。数々の難事件を解決に導いたベルリン警察のベテラン交渉人イーラの心には、長女ザラの自死が耐え難くのしかかっていたのだ。しかし、自分の意に反して、ベルリンのラジオ局で起こった、人質立てこもり事件現場へと連れ出されてしまう。なぜならそこでは、サイコな知能犯が、ラジオを使った人質殺人ゲームを始めようとしていたのだ。おまけに犯人の要求は、死んだはずの婚約者を目の前に連れてくるという、本来不可能なものだった。
数百万ものリスナーが固唾を呑む中、犯人ヤンとの交渉を始めたイーラは、自分と家族の知られたくない過去をも、公共電波で明らかにせざるを得なくなっていく。そして事件は、国際犯罪組織までも巻き込んだ思いも寄らぬ展開へと、なだれ込んでいくのだった・・・・・・。
ラジオ・電話・テレビ、現代メディアを駆使した放送作家ならではのリアリティあふれる描写、アル中でシングルマザーの交渉人イーラ、次第に素顔が明らかになる犯人ヤン、そして裏切り者の影すらも――、2006年の話題作『治療島』をしのぐ、仕掛けと伏線が満載のエンタテイメント。

物語のあらすじは上記のような感じで、無茶な要求に応えさせるため、ラジオ番組を乗っ取るという「捨て身のサイコキラー」というアイデアがすごい。
さらに、ラジオ番組でよくある「電話でキーワードを言えたらプレゼント」を応用した、ラジオから無作為にかけた電話で「キーワードを言えなかったら人質を一人ずつ殺す」という名探偵コナンのようなエンタメ展開。そして、殺人犯との交渉がラジオ番組で逐一流れてしまう、という、これまた手に汗握る超展開が熱い。換骨奪胎してコナン映画でやってみてもいいのでは?と思ってしまうほど、素晴らしいアイデアなのに…。
また、フィツェックは、すでに『乗客ナンバー23の消失』 を読んでこちらは絶賛しており、その文体が嫌いなわけでは全くない。しかも、すべてを読んでからストーリーを辿ると、やっぱり筋書きのアラもなく「ちゃんと面白い」話なのだ…。
ただし、複数のストーリーが並行して進み、終盤にどんでん返しがあるという構成自体はほとんど同じなので、小説の進み方としてはまどろっこしいのと、自分の中で「飽き」があったのかもしれないという懸念はある。
フィツェックは、他の著作も読み進めようと思うが、その中で何がダメで何がいいのか「自分の好み」を見極めていきたい。

*1:自分の考える渋谷系の代表的な作品はコーネリアス『ファースト・クエスチョン・アワード』です。