Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

『3月のライオン』聖地巡礼の魅力(その3)~橋と人と

ひとつ前に書いた通り作品の舞台は水に囲まれているわけですが、隅田川を渡る橋は、中央大橋以外にもあります。
だけでなく、それぞれが登場人物と強く繋がりを持っています。
今回は、かなりこじつけ部分もありますが、登場人物と橋の結びつきについてまとめてみました。

中央大橋

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中央大橋は、当然、桐島を象徴する橋です。それどころか、佃小橋が、作中の多くの登場人物が渡る、しかも「共に渡る」ことの多い橋であるのとは対照的に、中央大橋は、常に、「桐島が」「一人で」渡る橋です。例えば上の絵のように…。(2巻13話)
いや、ただ一度だけ桐島が「二人で」中央大橋を渡るシーンがありました。その相手が二海堂なのは、二海堂ファンとしては嬉しい限りです。(4巻33話「坂の途中」)
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霊岸島量水標

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中央大橋以上に、初期に、桐島零を象徴する建造物として登場するのが、霊岸島水位観測所です。(上は2巻12話)あくまで「初期の」、孤立を深めて、周囲と壁を作っていた頃の桐島の象徴なのです!。…と思っていたのですが、読み直してみると、気がつかなかった発見がありました。
まず、改めて確認してみると、霊岸島水位観測所の13巻139話のシーンでの久しぶりの登場(下図右)は、4巻36話「青い夜の底」(下図左)以来だったので103話ぶりということになります。

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ところが、3巻のラストで島田八段の研究会に入ることを決め、先ほどの33話では、二海堂とのイチャイチャシーンを見せつけるなど、桐島は孤立から脱出しつつあり、「心を閉ざしていた頃の桐島の象徴」という見立てがやや外れているように見えます。


そこで、改めて、さらに遡って登場シーンを確認してみました。

  • 2巻12話「神さまの子供(その2)」(上図)
  • 2巻17話「遠雷」(下図左:香子)
  • 3巻27話「扉の向こう」(下図右:後藤)
  • 4巻36話「青い夜の底」(上図)
  • 13巻139話「目の前に横たわるもの」

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こう並べてみると、そのほとんどが香子と関連するシーンで霊岸島量水標が登場していることが分かります。そして、4巻から13巻の間、香子も作中から姿を消します。
つまり、4巻までは作品の重要な位置を占めていた、香子に対する桐島零の後ろめたさ、不甲斐なさ、そして微かな恋心、と、そこから逃げ出して始めた「独り暮らし」の象徴こそが霊岸島水位観測所なのではないでしょうか。実際、この裏の建造物の裏のマンションに桐島は住んでいるのです。
13巻では、それが香子から見た風景として描かれていますが、 香子の脳裏には、強がりから独り暮らしを始めた頃の寂しそうな零が今も残っているのでしょう。


という風に書きましたが、ここでも零、香子以外のキャラクターで唯一、この場所を訪れている人がいます。これもまた二海堂なのです。二海堂が、中央大橋霊岸島水位観測所の二大聖地を踏み荒らす、この4巻33話は、「神回」と言えるでしょう。
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佃大橋

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佃大橋は、中央大橋下流側にある橋で、佃島から最も近い橋です。
作中の登場人物が隅田川を実際に渡る橋は(一つの例外を除くと)中央大橋のみなので、佃大橋や、このあとに取り上げる勝鬨橋は、背景としての橋です。
この橋は、三日月堂から最も近い場所にある(隅田川の)橋なので、川本家との関係が強いのかと思いきや、そうではありません。
他の橋と比べたときの特徴は「見上げる橋」であることで、公式HPでのストーリー紹介でも使われている7巻の折り込みミニポスター(下)の印象もあり、、これまた桐島零「色」が強い橋です。
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そして、物語の中ではモモが香子にたいして「まじょ」と言った場所として記憶している人も多いのではないでしょうか。(4巻35話「水面」:上図)
そもそもこの場所は香子が指定した場所。2巻20話「贈られたもの(その1)」でも、部屋に置き忘れた腕時計を渡す際の待ち合わせ場所として、零の提案した駅前のメック(月島駅前のマクドナルド)は拒否して、香子は隅田川テラス(特定できないがおそらく同じ場所)を指定しているので、香子もまた「河」が好きなのでしょう。
ということで、佃大橋も零&香子の色が強い橋なのでした。
ただし、零と香子が最後に別れたのは、いつも待ち合わせの場所に使っていた佃大橋とは反対側にある石川島公園なので、場所にこだわりはないのかもしれません。
(香子が歩く先に見えるのは相生橋で、なんか適当に書かれています…笑。こちらの川は隅田川本川ではなく、隅田川派川です。)
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勝鬨橋

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勝鬨橋は佃大橋のさらに下流側にある橋で、形状に特徴があります。 左右にアーチが2つあり、中央部が開く、いわゆる「跳ね橋」になっているのです。(今は開きませんが、フィクションでは、時々これを開く話が出てきます。)
中央大橋の上流側にある永代橋が、作品の舞台付近では有名なアーチ橋ですが、前にも書いたように、中央大橋から上流の風景は『3月のライオン』には登場しないので、作品内で、アーチ橋が見えたら、それはほぼ確実に勝鬨橋の左岸側(月島側)となります。


さて、この勝鬨橋を登場人物と結びつけようとしたとき、その相手がまた桐島ではつまらないというのではありませんが、勝鬨橋は、ひなちゃんと繋がりが深いのではないかと思います。

おそらくですが、「河」の好きなひなちゃんの背景として、三日月堂に一番近い佃大橋は「桐島」色が強過ぎるため使いづらく、結果として、次に近い勝鬨橋になっているのではないでしょうか。
例えば、ももがアヒルを追跡する扉絵シリーズの2巻16話、18話、19話は連続して、ひなちゃんの背景として勝鬨橋のアーチが見えます。
また、お父さん(妻子捨男)の登場で悩むひなちゃんと桐島が話す背景にも勝鬨橋が見えます。(10巻104話「約束」:上図)
日月堂で、将棋を教えながら、桐島からひなちゃんから話を聞くシーンでも、心象風景として勝鬨橋のアーチが出ます。(6巻56話「小さな世界」:下図)
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さらには、いじめ問題が一応は解決したあと、河の近くで桐島とひなちゃんが話すシーン。ここでは、桐島から見るひなちゃんの後ろには佃大橋が見え、思考もやや重々しいですが、ひなちゃんの視線からは勝鬨橋が見え、楽しい雰囲気で、二つの橋が対照的です。(7巻71話「日向」)2人がいる場所は、 4巻35話「水面」で、香子×零が三姉妹と出くわす場所と、ほぼ同じ場所なのですが、目に映る風景が全く異なるのも面白いです。
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千住大橋

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さて、最初に、登場人物で隅田川を渡るのは桐島(+二海堂)だけ、という話を書きましたが、唯一の例外が滑川七段です。
13巻137話、138話は「雨の匂い 河の匂い」として滑川七段の家業の話が出てきますが、扉絵は137話が、千住大橋隅田川に架かる橋)、138話が千住新橋(荒川に架かる橋)です。
滑川七段の実家は葬儀屋(千住斎苑)で、亡くなった方の遺体を運んで千住大橋を渡るシーンが出てきます。(これを指して隅田川を渡る登場人物は桐島だけじゃないと言っています)
「私たちの育った街は4つの河に囲まれていて」と語っているので、隅田川と荒川、旧綾瀬川*1に囲まれた北千住付近が生まれ故郷なのではないでしょうか。


この回は、まず滑川七段の呟きが、まさにオリジナル・ラブ「好運なツアー」の歌詞と一致するような内容でドキッとします。

どうして人というのは
こんなにも忘れっぽいんでしょう
こんな風にたくさんの人生の最後を見送っているのに
どうして もっともっと
もっと切迫感を持って生きられないんでしょう
「夢が叶った」幸運
命があって明日も生きて対戦できる幸せ
しびれる程の幸運が積み重なって生まれた
奇跡のような「今」だというのに

さらに、「生きる」ことについての滑川兄弟の対話が興味深いです。

しかし私は自分の将棋につんざくような閃光を見出せない
他人の将棋にばかり心奪われる
他人にばかり憧れる
(略)
自分ではなく他人に憧れてばかりの見学ツアーみたいな人生
なぜ私はあんな風に引き裂くように輝けないのか
これで私 死ぬ時にちゃんと「ああ生き切った」
と思えるのでしょうか[滑川七段]

「生きる」って事についてなら僕思うんです
「自分もいつかは死ぬんだ」って事を忘れて呑気に日々を送れてしまう事
それって人間の持っている
ちっぽけな権利のひとつなんじゃないかなって[滑川弟]

滑川七段が眺める水面は、隅田川ではなく荒川のようです。*2
それぞれの棋士が、同じ将棋盤の奥に別々のものを見て、別々の悩みを抱えながら生きている。
そして、香子が隅田川の対岸に零を見ているように、滑川七段も荒川の対岸に他者の人生を見ているようです。
様々な人間が、それぞれの人生の中で大切なものを見つけていく。
それが『3月のライオン』という物語の醍醐味だと改めて感じるエピソードでした。
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この聖地巡礼特集は、あと一回は書きたいのですが…。

参考

何度も繰り返しますが、聖地巡礼に行くには、まずは『おさらい読本初級編』が参考になります。
東京以外の全国版は『中級編』にありますので、持っていない人は両方買いましょう。


滑川七段の呟きは、書いた通り、オリジナルラブ「好運なツアー」とかなり似ています。
一連の発言の中で「ツアー」という言葉も出ているし、聞いているのかも…。名盤『白熱』収録です。

白熱

白熱


一連のシリーズ目次はこちら。
pocari.hatenablog.com
pocari.hatenablog.com
pocari.hatenablog.com

*1:何を指して「4つ」なのかは分かりませんでした…

*2:場所が正確には特定できていませんが、向いに長い橋のように見えるのはおそらく荒川左岸側に並行して走っている首都高、奥に見えるのは鉄塔。西新井橋野球場付近からの景色のようです。