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21世紀の「そして誰もいなくなった」~市川憂人『ジェリーフィッシュは凍らない』

ジェリーフィッシュは凍らない (創元推理文庫)

ジェリーフィッシュは凍らない (創元推理文庫)

特殊技術で開発され、航空機の歴史を変えた小型飛行船〈ジェリーフィッシュ〉。その発明者であるファイファー教授を中心とした技術開発メンバー6人は、新型ジェリーフィッシュの長距離航行性能の最終確認試験に臨んでいた。ところが航行試験中に、閉鎖状況の艇内でメンバーの一人が死体となって発見される。さらに、自動航行システムが暴走し、彼らは試験機ごと雪山に閉じ込められてしまう。脱出する術もない中、次々と犠牲者が……。21世紀の『そして誰もいなくなった』登場! 精緻に描かれた本格ミステリにして第26回鮎川哲也賞受賞作、待望の文庫化。

千街晶之さんが解説で書いているように、「あまりに前例が多過ぎるという点では不利ともいえる条件の中、『そして誰もいなくなった』系ミステリを投じて、全選考委員(北村薫近藤史恵辻真先)に絶賛され、受賞の栄冠に輝いた」という、実力作。本格ミステリは当然としても、感覚的には『金田一少年の事件簿』でも頻出する、この系統のミステリへの挑戦は、ミステリ初心者にも、そのトライの困難さが理解しやすい。


事件開始から順を追って話が進む「事件編」と事件後の「推理編」が並行して進む構成が面白く、推理の材料が良いバランスに披露されて興味が持続する巧い仕掛けになっている。
読み始めて一番意外だったのは、舞台がU国(アメリカ)であること。したがって登場人物は基本的には米国人だが、一名だけ「J国」出身の九条漣という刑事がいる。かといって、漣が探偵役というわけではなく、このシリーズの探偵は、赤毛の女性刑事マリアで、漣はあくまでワトソン役ということになる。
登場人物が日本人ではないことで、爽やかという言い方は変だが、じめじめしたところがなく、純粋にトリックに関心が行く作品となっている。


また、クローズドサークルの舞台は、現在存在しないテクノロジーを前提とした「ジェリーフィッシュ」という特殊な気球であり、一種のSFでありながら、事件が起きるのは1983年というチグハグさも面白い。コンピュータを用いたジェリーフィッシュの「自動制御」は、物語の重要な要素となるが、この時代のコンピュータは「パーソナル」な領域にまでは届いておらず、当然、携帯電話も普及していない。既に2作の続編が出ているが、そちらではどんな「新技術」が登場しているのか気になる。
なお、「ジェリーフィッシュ」の新技術をめぐるあれこれは、実験ノートの重要性の話も含め、何となく小保方さんのSTAP細胞の騒動を思い起こさせた。


さて、肝心のトリックはどうだったかと言えば、これは結構分かりやすくて好きなトリックだ。「本格」にこだわると、地味で理屈っぽく派手さがない解答になってしまうのでは、という勝手なイメージがあり、故に自分はバカミスを好むのだけれど、このトリックは派手で良い。

そして誰もいなくなった』への挑戦でもあると同時に
十角館の殺人』への挑戦でもあるという。
読んでみて、この手があったか、と唸った。
目が離せない才能だと思う。―綾辻行人

惹きの文句では、綾辻行人自身が『十角館の殺人』を挙げているが、綾辻行人なら、「あの作品」の方に似ているトリックだと思う。読んだときはそのトリックの馬鹿馬鹿しさにちょっと笑ってしまった、久しぶりに「あの作品」を読みたくなった。(ジェリーフィッシュも「あの作品」もバカミスではありませんが…)ということで、肝心のトリックを書かないことで、読書記録としての意味をなさずに、あとで後悔をすることも多いこのブログだが、この作品は絶対に覚えてられると思う。


最後に言い添えると、作品のキモにあたる「ジェリーフィッシュ」が怪しく光るこのカバーは、海外ミステリっぽくて大いに物語の雰囲気を盛り上げてくれ、大好き。調べてみると影山徹さんは、絵本『空からのぞいた桃太郎』では作者としてクレジットされており、他にも色々な作品を手掛けている(メジャーどころでは上橋菜穂子『鹿の王』)ようで、しかも、画風も様々。影山徹さんを追いかけて本を読みたくなるくらい。なお、ジェリーフィッシュも単行本と文庫本では異なり、どちらもやっぱりいいなあ。まずは、影山徹さんのカバー絵目当てという意味でも、続編を読んでみたい。

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グラスバードは還らない

グラスバードは還らない

ブルーローズは眠らない

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なお、解説ではクリスティの『そして誰もいなくなった』の特徴を「事件関係者全員が皆殺し」+「クローズドサークル」として、この系譜に連なる作品をいくつか挙げている。名前の挙がるミステリ作品は以下の通り。自分は近藤史恵は『サクリファイス』1冊しか読んでおらず、本格ミステリのイメージが全くなかったので、ちょっと気になる。あと、菅原和也の作品は講談社タイガと知り、俄然読みたくなった。

凍える島 (創元推理文庫)

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あなたの罪を数えましょう (講談社タイガ)

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