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好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

責任と無責任と~杉山春『ルポ虐待-大阪二児置き去り死事件』×是枝裕和監督『万引き家族』

ルポ 虐待: 大阪二児置き去り死事件 (ちくま新書)

ルポ 虐待: 大阪二児置き去り死事件 (ちくま新書)

2010年夏、3歳の女児と1歳9カ月の男児の死体が、大阪市内のマンションで発見された。子どもたちは猛暑の中、服を脱ぎ、重なるようにして死んでいた。母親は、風俗店のマットヘルス嬢。子どもを放置して男と遊び回り、その様子をSNSで紹介していた……。なぜ幼い二人は命を落とさなければならなかったのか。それは母親一人の罪なのか。事件の経緯を追いかけ、母親の人生をたどることから、幼児虐待のメカニズムを分析する。現代の奈落に落ちた母子の悲劇をとおして、女性の貧困を問う渾身のルポルタージュ

昨年末から読んではいたものの、2020年最初に読み終えたのはこの本でした。
ケン・ローチわたしは、ダニエル・ブレイク』『家族を想うとき』*1からの流れで観た映画 是枝裕和万引き家族』と合わせて、一連のテーマの作品を立て続けに見ているので、併せて思うところを書きたいと思います。

怒り

同じ事件を扱い、おそらく実際に元ネタにしているであろうこの本を読んでしまうと、山田詠美『つみびと』は相当に読みやすかったように思います。
というのは、『つみびと』では、主人公や母親は、ダメ人間ではあるが、ダメ人間なりに同情を誘うような文章になっていたのに比べて、ルポルタージュとして書かれているこの本にはそれがないからです。
特に、2人の子の死亡と、それを放置した芽衣さん(仮)の行動が描かれた1章は、彼女に対する同情よりむしろ怒りを喚起します。
二人の子どもが死んでしまう一連の流れは、本当に信じられません。

  • 最後に顔を見たとき、既に二人の健康状態が損なわれている-にもかかわらず、50日放置し、遊びまわる
  • 異臭がするとの連絡が入り、50日ぶりに部屋に赴き、惨状を目のあたりにする
  • その後、混乱しながら知人向けにいくつかの電話をしたあと、それでも恋人とホテルに
  • 翌日逮捕

特に子どもの死を確認して以降の行動は、解離性障害の知識がなければ不可解過ぎます。
児童虐待の事件はあまりニュースを追ってみることがなかったので、この事件の報道のされ方もあまり知らないのですが、おそらくテレビを見て多くの人が感じたことを自分も追体験したのだと思います。
『つみびと』での予備知識があってさえ、1章を読んだ自分には、2人が死んでしまった彼女の責任が重いと感じるだけでなく、彼女の行動に怒りを覚えたのです。

誰が二人を救えたのか

しかし、2章、3章で、彼女の中高生時代から結婚まで、そして、両親との関係を知り、4章で離婚を巡る経緯を知ると、彼女への怒りの気持ちは揺らぎます。*2*3
特に、4章で長くページを割かれている「家族会議」のシーンが辛く、一審判決でも裁判長による以下の発言があったようです。

被告人が離婚して子供らを引き取ることが決まった際、子供らの将来を第一に考えた話し合いが行われたとはみられず、このことが、本件の悲劇を招いた遠因であるということもでき、被告一人を非難するのはいささか酷である。p183

「母親は自分は子どもが育てられないと言ってはいけない」という価値観の中で行われた話し合いでは、有無を言わさず、(しかも全員の前で誓約書まで書かせて)芽衣が2人の子どもを引き取ることに決まってしまうわけです。
しかも、夫側は、養育費を支払わない。


さらに、離婚後しばらく経ってから、インフルエンザに罹った子供を預かってほしいという、という芽衣の願いにも、元夫は「仕事が休めないから」と断ります。
「私たちのことはなかったことにしたいのかと思いました」(p216)という芽衣の言葉通り、ギリギリの生活の中で、彼女の両親も元夫の家族も、誰の助けも得られない状態だったのでしょう。


それでは、誰が二人を救えたのかという疑問に対して、この本では公的サービスの果たした役割についても検証しています。
これに対する本書の回答は、「公的サービスもギリギリの中で少しずつ改善しているが、圧倒的に予算が不足している」ということになります。
例えば、児童虐待ホットラインの電話を受け付ける児童相談所では、相談件数は増えてもそれに見合う職員の数が増えません。また、見逃しを防ぐため、通報があった場合には徹底的に聴き込みをするように決められる等、「きちんと役割を果たしているか」というチェックの目が児童相談所を追い立てます。すると、「子どもはちゃんと育てているか」という視線が、さらに母親を追い詰めるわけです。

このままいけば、子どもが泣いたら、通報されるからと子どもの口を押える母親が出てくるかもしれない。p56

という児童相談所職員の言葉は現実味を帯びています。


そんな中での著者の杉山春さんの主張は、最終章である「第5章 母なるものとは」に明確に書かれています。

芽衣さんは、離婚の話し合いの場で、「私は一人では子どもは育てられない」と伝えることができれば、子どもたちは無惨に死なずにすんだのではないか。そう、問うのは酷だろうか。だが、子どもの幸せを考える時、母親が子育てから降りられるということもまた、大切だ。少なくとも、母親だけが子育ての責任を負わなくていいということが当たり前になれば、大勢の子どもたちが幸せになる。p265

『つみびと』を読んでも、『ルポ虐待』を読んでも、「元夫」が出来ることがたくさんあったのではないか、と誰もが考えると思います。
つまり「父親がもっと責任を負うべき」ということで、このあたりには、昨年読んだ姫野カオルコ『彼女は頭が悪いから』など、一連のフェミニズム小説と同種の感想を持ちました。

是枝裕和監督『万引き家族

万引き家族

万引き家族

  • メディア: Prime Video

年末に観た『万引き家族』は、端的に言えば、(芽衣さんと同様に)積極的に応援できないダメな大人たちが子どもを育てる映画でした。
彼らは、非合法なやり方ながらも「疑似的な」家族として逞しく生きていました。
そして、後半部の展開から言えば、そこに「絆」はなかったし、解体可能なものでした。
万引き家族で描かれる「家族」のあり方は、芽衣さんが(そして『万引き家族』の「りん」の本当の母親が)責任を背負い込んだのとは対照的です。
勿論、無責任であってはいけないけれども、責任を背負い込む、背負わせることが、より「家族」(特に母子)を生き辛くさせているのは間違いありません。
そうであれば、「公的サービス」も「地域」も、皆がそれにあたる「周りの人々」も、どんどん「母親」や「家族」を見る目を変えていく必要があるというのが『ルポ虐待』の杉山春さんのメッセージだと受け取りました。
しかし、実際には、他人に求める数々の「自己責任」視点が、どんどん社会全体の生き辛さを増しているように思います。
社会を良くしていくための法制度の土台の部分に影響を与えていくのが本や映画の大切な役割であり、それをしっかり受け取り、考え方を見直していくのが、本や映画を享受する自分たちの役割なのではないかと改めて思いました。

参考(過去日記)

pocari.hatenablog.com
pocari.hatenablog.com

*1:また改めて書くこともあると思いますが、2019年に観た19本の映画の中でベスト映画が『家族を想うとき』でした。2位、3位は『スパイダーマン:スパイダーバース』『主戦場』です。

*2:この部分について、『つみびと』では、被告人(芽衣)と、その母親に焦点を当てて描かれましたが、この本では、母親については、問題を抱えた人物であることは分かりますが、その家庭背景にまで触れられてはいません。

*3:また、「芽衣さん」は、高校教師でラグビー部の顧問としての活動に心血を注ぐ父親が、非行に走る中学生の娘を更生させる話としてテレビ番組にも出演していたということで驚きました。