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「かわいそう」には「感謝」が足りない~内澤旬子『飼い喰い 三匹の豚とわたし』

飼い喰い――三匹の豚とわたし

飼い喰い――三匹の豚とわたし


内澤旬子さんを知ったのは、『ストーカーとの七〇〇日戦争』が最初。この内容について、荻上チキSession22に出演しているのも聴いて、ストーカーの実体験を本にしてしまうバイタリティにとても興味を持ち、その後、今年に発売された『着せる女』も書評を読み気になっていた。
が、過去の著作を見て一番最初に読みたくなったのがこの本。「豚三頭を飼って食べる」そんなことに挑戦するのが、女性というのは驚いたし、「かわいそう」で食べられないのでは?と直感的に思った。


しかし、結論を言うと「そういう本」ではなかった。

自分で豚を飼って、つぶして、食べてみたい――。世界各地の屠畜現場を取材してきた著者が抱いた、どうしても「肉になる前」が知りたいという欲望。廃屋を借りて豚小屋建設、受精から立ち会った三匹を育て、食べる会を開くまで、「軒先豚飼い」を通じて現代の大規模養豚、畜産の本質に迫る、前人未踏の体験ルポ。


あらすじにもあるように、『世界屠畜紀行』を書くために、これまで何百、何千という屠畜される豚を見てきている著者の視点は、死にかけのセミすら怖いと思う自分なんかとはレベルが全く違っている。
とにかく実利的というか、現実的で、実際に食べてからの気持ちを振り返った記述もサバサバしている。

豚に名前を付けて飼って、思い切り感情移入してみれば、かわいそうと言いたてる気持も理解できるかと思った。屠畜の瞬間には、かわいそうとは思ったものの、やっぱりそれよりも関わってくださったみなさんへの感謝が大きく勝った。よくぞちゃんと殺してくださった、切り分けてくださったと、今でも思う。p278


それでも、例えば何度も登場する旭畜産の加瀬さんは、何度も警告しており、畜産に関わる方でさえ、「かわいそうという気持」があるということが分かる。

「豚はちゃんと飼うと、犬よりかわいいよ。飼ってる時はいいけど、屠畜場に送るんだから相当残るよ。後々まで引きずるかもよ」p9
「なんで豚に名前をつけたんだよ……」(略)
加瀬さんは酔っ払って、私のことを「鬼だ鬼だ」と言い始め、「ホントは公社(屠畜をお願いする予定の千葉県食肉公社)に持って行くんじゃなくて、自分でやりたいんだろう」とからんできた。p137

結局、3月に生まれた3頭を5月から飼い始めることになる。3頭にしたのは、死んでしまうリスクを想定して保険のため、という理由と、別々の農家から違う種類の豚を譲ってもらい、違いを確認したい、という理由。そして味への興味を隠さないところも流石だ。

  • 中ヨーク:イギリスのヨークシャー州原産で1885年に成立した品種。昭和30年代には全国の飼養頭数の8割を超えていたが、今では「天然記念物的存在」。  ⇒伸二(去勢)
  • 三元豚:三種類の品種を掛け合わせた雑種。二種を掛け合わせた第一世代に別の品種を掛け合わせる。雑種は、それぞれの品種のいいところが組み合わさり、病気に強い上部な豚になる。日本で一般的なのはLWD。⇒夢明(去勢)
  • デュロック:肉質に優れる。LWDのD。黒豚ではないが黒っぽい。⇒秀明(雌)

「三匹の豚とわたし」の生活が描かれる前に、交配、出産、去勢についても書かれる一方で、準備として大変なのは、飼う場所。
養豚が盛んな千葉県旭に住むのだが、借りることになったのは廃墟に近い一軒家。ここに養豚の施設を作って、かつ、自分も生活できる準備をする。また、足がないので、ペーパードライバーを返上して、教習所にも通い、軽トラックをリースする。
このあたりの糞尿処理についての記述などは、細かい。個人的には、これまで水質汚染の原因として用語として触れていた「野積みや素掘り」というかつての糞尿処理の方法についても知ることができて良かった。(平成11年の「家畜排せつ物法」以降は、豚の糞尿は、床をコンクリートなどの不浸透材料で作った施設で管理しなければなくなった)
内澤さんはイラストで参加とのことだが、以下の本も読んでみたい。


そして、5月に実際に豚が来てから、豚との生活が始まるのだが、実際には屠畜まではあっという間だ。
豚は生まれて「半年後」には出荷されてしまう。屠畜の日は9月下旬。
そんな短い間でも、毎日暮らしていると、名前を付けた3匹の豚の特徴、性格もよくわかる。
秀明はマイペース。夢明は負けん気が強く、その分、伸二は隅に追いやられるいじめられっ子。
それでも、この本のバランスは、内澤さんの興味と伝えたい強度によるのか、畜産の状況(飼料、豚をいかに太らせるか、口蹄疫などの疾病など)に多くのページが割かれる。
実際に、豚を飼う話と並行に書かれるこれらの話は、非常にわかりやすく、今後、食肉や畜産業について興味を持った時に改めて読み直したい。


この本の「記述のわかりやすさ」以外のもう一つの魅力は、内澤さんによるイラストなのだが、このイラストを眺めるだけでも、内澤さんの「サバサバさ」がよくわかる。

  • 処分直前の三頭の様子(p233)
  • 飼った豚の「枝肉」の状況(p241)
  • 三頭の「カシラ」の湯むき(p251)
  • 伸二の頭をむくところ(p275)

知らない(名もなき)豚ではなく、一緒に数か月を過ごした豚についてのこういう場面が描けるのが、この人の凄いところなんだろうと思う。
また、本を読んで伝わってくるが、豚との生活のためのアレコレ(特に大工仕事)にかけた本人のエネルギーと周りの人たちの数多くの支援を無駄にしたくないという思いが強いことがよくわかる。
最後に、育てた3頭を売ったとしても、それぞれ2万円にもならない、という産業の問題点の指摘や震災時の養豚についても触れられていたが、屠畜を「かわいそう」と思う気持ちは、養豚・食肉過程で携わっている沢山の人への「感謝」が足りない、ということなのだろう。

この本を読んだことで、肉を食べるときに、これまでよりも感謝の気持ちが増えるかどうか自信がないが、関心が増したことは確実に言える。屠畜に関する本はもう少し読んでみたい。

牛を屠る (双葉文庫)

牛を屠る (双葉文庫)



ということで、勉強になる本ではあったが、それ以上に、内澤旬子さん自身への興味が強くなった一冊だった。『ストーカーとの七〇〇日戦争』 と、その前日譚(なのか?)である『漂うままに島に着き』、そして有名な『身体のいいなり』(乳がんの闘病記)あたりも読んでみたい。

ストーカーとの七〇〇日戦争

ストーカーとの七〇〇日戦争

漂うままに島に着き (朝日文庫)

漂うままに島に着き (朝日文庫)

  • 作者:内澤旬子
  • 発売日: 2019/07/05
  • メディア: 文庫
身体のいいなり (朝日文庫)

身体のいいなり (朝日文庫)

  • 作者:内澤旬子
  • 発売日: 2013/08/07
  • メディア: 文庫