Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

炭治郎の「アジる力」~吾峠呼世晴『鬼滅の刃』全23巻

鬼滅の刃の23巻を読んだ。
最終巻も、最後になって無惨が自分の主義を変えるなど、一筋縄ではいかない意外な展開を見せ、全速力で駆け抜けた物語だった。
世間的には、最終巻発売日の新聞広告(大手5紙)が話題になったが、そこにも書かれた「想いは不滅」、その一言が貫かれた作品と言える。その点で考えれば、主要登場人物が全員死んで(厳密には1名生き残っているが)しまった世界においても、そして、鬼滅の刃を今読んでいるこの世界においても、彼らの想いは伝わり、残っていく、という上手い終わらせ方だと感じた。


さて、映画を観に行ったときも22巻までは読んでいたが、今回23巻を読むために、無限列車編のあと(9巻)以降を復習して、改めて感じたが、炭治郎の「アジる力」は途轍もない。
先にも書いたように23巻になって無惨でさえも、炭治郎の言葉に感化されて考え方を変えてしまうが、鬼殺隊の仲間だけでなく柱も鬼も、皆、炭治郎の言葉に影響を受けている。(もう一人、お館様も「腕力」がない分、その「言葉の力」は際立つ。「想いは不滅」も16巻の137話のお館様の台詞に出てくる)
十二鬼月で言えば、猗窩座に語り掛ける言葉は、作中屈指の名シーンと思う。

お前の言ってることは全部間違ってる
お前が今そこに居ることがその証明だよ
生まれた時は誰もが弱い赤子だ
誰かに助けてもらわなきゃ生きられない
お前もそうだよ、猗窩座 
記憶にはないのかもしれないけど
赤ん坊の時お前は誰かに守られ助けられ今生きてるんだ


強い者は弱い者を助け守る
そして弱い者は強くなり また
自分より弱い者を助け守る
これが自然の摂理だ

(17巻146話)


しかし、自分が一番感動した場面が登場するのは、戦いとしては比較的目立たない、刀鍛冶の里編。
ここでも炭治郎は、冷たい時透無一郎君や、投げやりな富岡義勇の心に次々と火をつけていくのだが、中でも、自分の実力不足を嘆いて木の上に逃げてしまった小鉄君(10歳)を説得するシーンが最高過ぎる。

諦めちゃだめだ
君には未来がある
十年後の自分のためにも今頑張らないと
今できないこともいつかできるようになるから

これに後ろを向いたまま「ならないよ 自分で自分が駄目な奴だってわかるもん」と拗ねる小鉄くん対して、なおこう説得を続ける。

自分にできなくても
必ず他の誰かが引き継いでくれる
次に繋ぐための努力をしなきゃならない
君にできなくても君の子供や孫なら
できるかもしれないだろう?


俺は鬼舞辻無惨を倒したいと思っているけれど
鬼になった妹を助けたいと思っているけれど
志半ばで死ぬかもしれない
でも必ず誰かがやり遂げてくれると信じてる
俺たちが…
繋いでもらった命で上限の鬼を倒したように
俺たちが繋いだ命が
いつか必ず鬼舞辻を倒してくれるはずだから


一緒に頑張ろう!!
(12巻103話)

前半部だけだったら、どの漫画のキャラも言うこと。
しかし「できるようになるよ」と説得して「できない」と答えた小鉄に対して、さらに言葉を用意しているところが炭治郎の凄いところ。
ジャンプの読者だって、「諦めたら試合終了」ということを色々な漫画で言葉を変えて何度言われても「できない」と思ってしまう場面はいくつもあるだろう。
鬼滅の刃』には、そういう読者にも届くような仕掛けが多いように思う。


なお、このあと、半天狗を相手に共に戦う玄弥に対しては「玄弥ーっ‼諦めるな‼」「絶対諦めるな!!」「柱になるんじゃないのか‼!不死川玄弥‼!」とシンプルに励ましているので、その柔軟性があるからこそ、その言葉が誰の心にも響くということも言える。
有名な、炭治郎の迷言「俺は長男だから我慢できたけど次男だったら我慢できなかった」も自分自身を鼓舞する言葉として、炭治郎的にはアリなのだろう。炭治郎は、相手によって人を鼓舞する言葉を使い分けることが出来る。


思えば、自分が自分を鼓舞するキャラクターとして心の中にいたのは、幕ノ内一歩や谷口タカオ等、ひたすら真面目で熱心、黙々と努力を続けるタイプだった気がする。
彼らは、炭治郎ほど能弁ではなかった。まだ「自らの背中を見せる」タイプのキャラクターに人気があった時代なのかもしれない。
そう考えると、敵キャラクターですら説得してしまう炭治郎の言葉の力は、価値観が多様化し、大人でも「自由」の中で迷ってしまう現代にフィットしたキャラクターなんだろう
今回の新聞広告も、作品のメッセージ「想いは不滅」に、コロナ禍や様々な理由で辛い状況にある人たちに届くよう「夜は明ける」を加えているのだと思うが、作者の吾峠呼世晴さんの言語センス、そして「アジる力」(人を鼓舞する力)があってこその大ヒットなんだと思う。

参考(過去日記)

pocari.hatenablog.com