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逃げ道が無い「運命」と幸せ~『掏摸』×『メランコリック』

中村文則『掏摸』

掏摸 (河出文庫)

掏摸 (河出文庫)

東京を仕事場にする天才スリ師。ある日、彼は「最悪」の男と再会する。男の名は木崎、かつて仕事をともにした闇社会に生きる男。木崎は彼に、こう囁いた。「これから三つの仕事をこなせ。失敗すれば、お前を殺す。逃げれば、あの女と子供を殺す」――運命とはなにか、他人の人生を支配するとはどういうことなのか。そして、社会から外れた人々の切なる祈りとは……。その男、悪を超えた悪――絶対悪VS天才スリ師の戦いが、いま、始まる!!


ひとつ前に読んだ小説(タイトルは伏せる)が悪かったわけではないが、「こういう小説が読みたかった」という作品だった。
ほとんどが主人公のモノローグで進む小説ということもあるのかもしれないが、その人生を、悩みを共有できた。いわゆる「驚きの結末」や「意外な展開」「ラスト1行で云々」というタイプの小説では味わえないタイプの没入感。しかも主人公は、これまでの自分の人生とは馴染みのない「スリ」なのだから面白くないわけがない。


スリなので基本的に単独行動なのだが、渋々付き合った集団犯罪をきっかけとして「木崎」というヤクザの呪縛に囚われていく、というのが小説の簡単なストーリーだ。
スリの技術的描写は、半ばスポーツのようにさえ感じられ、主人公の技術の高さも良く伝わってくるが、それでも失敗がある。木崎からの指示でスった携帯電話の着信音が鳴るシーンは、読んでいる方も息が止まるかと感じた。
知らない間に他人の財布を手にしていることもあるというほど、才能には恵まれている主人公だが、弱みもある。天涯孤独の身だったら「逃げ切る」ことも可能だろうが、自分を頼りにしてくる子どもとその母親のことを木崎に知られている。この辺の「逃げ道がない」感じは、小説を一気読みさせる要素にもなっている。 

 
さて、このような弱い者に「共感」する力は、通常、主人公もしくはその周辺の登場人物に偏在するはずだが、この小説においては、(出番は少ないながら)圧倒的な存在感を誇る”ダークヒーロー”木崎が最も大切にする要素となっている。

他人の人生を、机の上で規定していく。他人の上にそうやって君臨することは、神に似てると思わんか。もし神がいるとしたら、この世界を最も味わってるのは神だ。
(略)
お前がもし悪に染まりたいなら、善を絶対に忘れないことだ。悶え苦しむ女を見ながら、笑うのではつまらない。悶え苦しむ女を見ながら、気の毒に思い、可哀そうに思い、彼女の苦しみや彼女を育てた親などにまで想像力を働かせ、同情の涙を流しながら、もっと苦痛を与えるんだ。たまらないぞ、その時の瞬間は! 世界の全てを味わえ。お前がもし今回の仕事に失敗したとしても、その失敗から来る感情を味わえ。死の恐怖を意識的に味わえ。それができた時、お前は、お前を超える。この世界を、異なる視線で眺めることができる。俺は人間を無惨に殺したすぐ後に、昇ってくる朝日を美しいと思い、その辺の子供の笑顔を見て、何て可愛いんだと思える。それが孤児なら援助するだろうし、突然殺すこともあるだろう。可哀そうにと思いながら!

木崎の「同情の涙を流しながら苦痛を与える」という感覚は、人間を超えたところにあるように感じられ、単なる悪役として素通りできない魅力を持っている。
物語のラストは、主人公が、木崎という神の支配から、それはつまり「定められた運命」から逃れる、いや逃れるとまでは言わないが、一矢報いることができるか、というところで終わる。それは、あくまでも「絶望」の中にある微かな「望」に過ぎないが。

主人公が大きな犯罪に巻き込まれ、 結果的に犯罪に加担してしまうような作品は、このようにバッドエンドしかあり得ないと思っていた。しかし次に挙げる『メランコリック』は少し変わった終わり方をする映画だった。

『メランコリック』

メランコリック

メランコリック

  • 発売日: 2020/04/02
  • メディア: Prime Video

名門大学を卒業後、うだつの上がらぬ生活を送っていた主人公・和彦。ある夜たまたま訪れた銭湯で高校の同級生・百合と出会ったのをきっかけに、その銭湯で働くこととなる。そして和彦は、その銭湯が閉店後の深夜、風呂場を「人を殺す場所」として貸し出していることを知る。そして同僚の松本は殺し屋であることが明らかになり…。

ほぼ同時期にAmazonプライムで観た『メランコリック』は、思えば『掏摸』と共通点の多い作品と言えるかもしれない。
2019年に上映されたこの作品は、インディーズ映画であったことから、『カメラを止めるな』との対比で語られることも多いが全く異なる作風の映画と言えるだろう。


観る前の情報は「バイト先の銭湯で夜に殺人」*1という話のみで、コメディなのかと勘違いしていたが、観てみると人間ドラマに引き込まれた。
薄っぺらいと感じなかったのは、 最後まで好きになれなかった主人公・和彦の人生のことを、自然に考えてしまうような作劇になっていたからなのかもしれない。
例えば、結局理由がよくわからない「東大を卒業したのに就職せずにバイト生活」という設定も、単に「うだつの上がらない20代男子」という以上に「何故?」という疑問がずっと気になり、フックとしてよく機能している。
そして高校の同窓会の「あの感じ」。目立たなかったやつがブレイクして人気者になっている傍らで、お喋りもせず、ひたすら飲食のみに目を向けるあの感じは、高校時代から今に至るまでの和彦がどんな人生を歩んできたのかを推測させる。
こういった演出と演技力が上手くかみ合って和彦は、(あまり好きになれないけれど)二十数年の人生を歩んできた「そこにいる奴」みたいに感じられる。それが『メランコリック』の一番良かったところだ。


他のキャストといえば、ヒロインの副島さんは、いわゆる美形というタイプではないが、明るく表情が豊かで、観ているだけで笑顔がこぼれる。この映画を観た男性は皆コロリと行ってしまっていることだろう。和彦を好きになるところ以外は完璧だと思う(笑)


そして和彦の銭湯でのバイトの同僚である、金髪の松本。軽薄に見えて、殺しのために酒は飲まない、女は作らない、基本的に一人で行動する、等、プロ意識が徹底しており、それでいて、和彦のことも心配してくれている「いいやつ」。観終えると、一番芯がしっかりしていたキャラクターで、大好きになった。
和彦と松本の二人は、映画製作の中心的な役割も果たしており、公式HPで、配役ではなく、映画製作チームOneGooseとして載っている写真を見ると、全く表情が違って見えて(和彦はかなりハンサム)、役者は凄いと感心した。

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さて、銭湯「松の湯」のオーナー東(この人の雰囲気がものすごく良いのだが)には、借金があり、ヤクザの田中に頭が上がらず、殺人依頼や死体処理を職人的にこなす毎日。(この田中は、初登場時に「中盤で死ぬ役」と直感的に思っていたが、なかなか死なない(笑))


憎いからではなく、どうしても断れない相手から依頼を受けて、仕方なく知らない人を殺す、この「断れない」関係が、『掏摸』における木崎と主人公の関係と重なってくる。
しかし、「殺しの流儀」に無知な和彦が「田中を殺そう」と無邪気に言い出すところが『掏摸』とは全く異なるところ。明日が結構日というときに、まさに一夜漬けで松本が和彦に銃の構え方や部屋への侵入方法を教える流れはミュージックビデオのようでとてもスタイリッシュで一番非現実的でくすっと笑ってしまうコメディ的なシーンだ。


ここからラストまでの流れは、最初は意外に感じたが見事だと思う。
田中は、カリスマ的な親玉には見えないし、何らかの敵対勢力があったことが明らかなのだから、田中を殺しても平穏が訪れないは明白だ。だからこその不安な余韻を残す「見せかけ」のハッピーエンド。自分は、主人公たちが殺人を犯している以上「バッドエンドじゃないとしっくりこない」と思い込んでいたが、これを見せられると、この作品が問いかける、エンドがハッピーじゃなくてもいいじゃないか、という、半ば刹那的な感覚も魅力的に思えてくる。


「運命」に悲観し、「逃げ道がない」と感じたとしても、その運命に逆らおうと足掻くことが、「幸せな瞬間」に繋がるのかもしれない。『メランコリック』後半は、和彦が自ら考えて行動する場面が格段に増えている。そのことが、この作品を爽やかな雰囲気にしているのだと思った。

なお、これっきりだと思っていた『掏摸』には、「兄妹編」?である『王国』という作品があるのだという。
木崎も登場するということで、これはすぐに読んでみたい。

王国 (河出文庫 な)

王国 (河出文庫 な)

*1:なお、ホラー小説『うなぎ鬼』は、漫画版のみを読んだが、やはり「うなぎ」×「死体処理」ということで、こういう意外な組み合わせは「もしかしたら本当にあるかも」と、逆に想像力を喚起させるのかもしれない。