Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

時間泥棒が多すぎる(笑)~吉川トリコ『マリー・アントワネットの日記』

ベルサイユのばら』経由で一番気になった小説。
吉川トリコは「⼥による⼥のためのR-18⽂学賞」の第3回大賞受賞(「ねむりひめ」)を受賞したほか、昨年は女芸人×女子アナのシスターフッド小説『夢であえたら』も話題になった。

歴史的な興味も持って読み始めたが、いわゆるフランス革命(1789)後に、ラファイエット公やミラボーが跋扈する感じもよく分かった。残念なのはマリーアントワネットとは直接の接点がなかったのか、一番気になっていたロベスピエールがあまり登場しないこと。
また、予想とは違って、『ベルサイユのばら』からの飛躍が少なかった。首飾り事件の顛末やフェルゼン公との関係も含め、あの漫画がいかに史実に基づいていたのかを改めて知る。


さて、この小説の特徴である、口語体というよりSNS調の日記形式。実際には、町田康『ギケイキ』の破壊力には及ばないが親しみやすい。そして、読むまで思いつかなかったが、その最大の特性は、すっ飛ばしだ。
つまり、マリー・アントワネットは重大な事件が起きたときほど、1年とかの単位で日記を飛ばしてしまう。例えばこんな感じ。

1778年4月20日(月)
たいへんです!時間泥棒があらわれました!気づいたらあたしの1年が奪われていたのです!よって日記がまるっと1年飛んでいますが、落丁ではありませんのでご心配なく。時間泥棒があらわれたのです!!
この空白の1年間になにをしていたかっていうと…ほんとにいろいろなことがありすぎて記憶が曖昧模糊としていますが、ひとつ言えることがあるとすれば、あたしのおなかにはいま赤ちゃんがいます!「は?なにその超展開?」とあなたはおっしゃるでしょうが、ほんとうにありのまま起こったことを話しているんです!時間泥棒があらわれたんです!


この文体もさることながら、自分が一番気に入っているのは、注釈。注釈がつくとき、下段に専用枠がついていると見やすいが、欄があると逆に注釈がないことが気になったりと気が散る原因になる。一方で、硬い文章に多い「章末につく注釈」は、ページがあちこちに飛ぶので読むのが億劫になってしまう。
この本の形式は、注釈があったときのみ左右開きの左側に集中してつける、という方法で、ストレスなく読めるのが良い。そして、若者言葉を知ることができたりして楽しい(19世紀の人間から若者言葉を知る、という奇妙な状態も良い)。


でもって、結局2冊目(Bleu)では、バスティーユ陥落以降、どんどん状況が厳しくなっていくものの、彼女はずっと「マリー・アントワネット」でいることを貫く。偉大な母親への抵抗やファッションの話題が多かった序盤と比べて、子を産み、ルイ16世とともに苦難を乗り越えた彼女の成長も、変わらぬ軽い文体の後ろに読むことができる。
革命裁判所の場面を綴った日記(1793年10月14日)では、裁判所で感じた世間からの視線に対して、次のように書かれている。

とにかく彼らはあたしを毒婦に仕立て上げたいようでした。前々からうすうすと感じていましたが、彼らは女が意志を持って行動することが気に入らないようなのです。政治に口出しなどせず女らしく従順におとなしくしていればいいものを調子に乗ってしゃしゃりでてきたあげく、「女の武器」を使って男を操り主導権を握ろうとするなどもってのほか。女は男より劣っているのだからすべからく家庭に引きこもり家族の世話に専念するべきなのだ。女は決して男に対価など求めてはならないし、養ってもらえるだけありがたいと思わなければならない。口紅の一本すら自分から欲しがってはならないし、奥様仲間との豪華フレンチランチなど言語道断。国民に規範を示す立場にある王妃ともなればなおさらである。「家」からはみだした女はなべて男を堕落させる悪しき存在なのだ。メッサリーナの再来に鉄槌を!
ふむふむ、なるほどですね、了解でーす。そっちがその気ならこっちはこっちで好きにやらせてもらいますけどよかったですかね?だれにケンカ売ったかわかっとらんようだから教えて差しあげますけど、あんたらはたったいまこの世のすべての女たちを敵に回したんだからな!見とれよ!

この裁判は、『ベルサイユのばら』でも描かれる、エベールがルイ・シャルルへの性的虐待(母子相姦)をでっち上げて告発するシーンでも有名だが、それも含めて、200年以上経っているのに、今の大衆やマスコミの視線とそれほど変わらないなあ、と感じてしまう。
今回、多くは書かなかったが、対照的な性格のルイ16世との組み合わせも興味深く、ファッション界に与えた影響も含めて、(もちろんフィクション多めということはわかっているが)やはり歴史に名を残す偉大な人物だと、改めてマリー・アントワネットを見直した。
次はフランス革命関係も読みたいが、マリーアントワネットも含めて16人も子どもがいたマリア・テレジアについて、もう少し知りたい。お、藤本ひとみ先生の本が!


あとは、引き続き吉川トリコの本も。

[asin:4101801657:detail]