Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

関連本読後にまた読み返したい~品田遊『ただしい人類滅亡計画 反出生主義をめぐる物語』


この本を読むきっかけになったのは『変な家』。
話題になっていたということ以上に、やはり間取り図メインの本ということに惹かれた。
『変な家』の感想を簡潔に言うと、とても読みやすく、とても面白いけど、その面白さが「想定内」の範囲に留まってしまった。
特に、明らかになった事実を追記して同じ間取り図が繰り返し出てくる構成は、本当に読みやすく、さすがweb連載だと感じた。ただし、ホラーとしてもミステリとしても、あともう少し何かできたのでは?という感じが残ってしまった。



さて、webで活躍する人で、ということか、関連本としてAmazonに紹介されたのが『ただしい人類滅亡計画』。これだけ聞くと、岡田斗司夫『世界征服は可能か』や、架神恭介, 辰巳一世『よいこの君主論』を思い出すが、副題を見ると「反出生主義をめぐる物語」とある。
「反出生主義」は“私は生まれてこないほうがよかった”、“苦しみのあるこの世界に子どもを産まないほうがいい”というような考え方を指し、森岡正博が新書を出していたので気になっていた。が、そんな悲観的で暗い考え方が、この本のカバー表紙のように楽しい話にできるのだろうか?と、まず感じた。
そもそも作者の品田遊は誰?と調べると、オモコロなどで活動するライターだという。しかも過去の著作のAmazon評がものすごく高い。
ということで、まずは2冊の小説を読んでみる。
pocari.hatenablog.com
pocari.hatenablog.com


確かに文体は軽いが、『変な家』よりも自分に合っている!この作家は信頼できる!と考え、やっと、問題の『ただしい人類滅亡計画』を読むに至った。


で、この本を読んだ感想。
確かに文体は読みやすいし、読んでみたいと思わせる設定。
基本情報をプレスリリースからそのまま抜粋する。


【あらすじ】
全能の魔王が現れ、10人の人間に「人類を滅ぼすか否か」の議論を強要する。結論が“理”を伴う場合、それが実現されるという。人類存続が前提になると思いきや、1人が「人類は滅亡すべきだ」と主張しはじめ、議論は思いもよらぬ方向へと進んでいく……。

【本書の登場人物】
魔王:全能の存在。人類を滅ぼす使命を持っているが……。
召使い:魔王の忠実なる僕。
〈魔王主催「人類滅亡会議」の参加者〉
ブルー:悲観主義者 —「生きていてもいやなことばかりだ」
イエロー:楽観主義者 —「生きていればいいこともあるわ」
レッド:共同体主義者 —「すべての人間は共同体に属している」
パープル:懐疑主義者 —「まだ結論を出すには早いようじゃぞ」
オレンジ:自由至上主義者 —「誰だって自分の人生を生きる自由がある」
グレー:??主義者 —「本当に存在するのは、このボクだけさ」
シルバー:相対主義者 —「どちらの言い分もある意味で正しいね」
ゴールド:利己主義者 —「とにかく俺様がよければそれでいい」
ホワイト:教典原理主義者 —「教典には従うべき教えが記されています」
ブラック:反出生主義者 —「人間は生まれるべきではない」

【人類滅亡会議の基本ルール】
1.これから「人類を滅ぼすべきか否か」を話し合う
2.結論が出たら魔王にその内容を申し出る
3.魔王は結論を受け入れ、そのとおりに実行する
4.ただし、結論が理を伴わない限り、それを認めない

実際の議論は、反出生主義者であるブラックが「人類は滅ぼすべき」という自分の理論を展開し、他の9人は、それを批判したり影響されたりしながら進んでいく。
ただ、後半になればなるほど、議論はより原理原則的なところ(道徳とは何か)に向かっていき難しくなっていく。おいおい、これはガチなやつじゃないか…。


でも、話の難易度にかかわらず、読んでどんどん理解が深まれば、やはり面白いはずなのだ。しかし、そういう感じは全くしない。
論理展開そのものには納得できないわけではないが、そもそも“私は生まれてこないほうがよかった”、“苦しみのあるこの世界に子どもを産まないほうがいい”という反出生主義の基本的な考え方自体が腑に落ちない。*1
その後、もはや、反出生主義の考え方自体から興味を失くしつつ、この物語をどう「落とす」のだろうという方にばかり気が行っていた最終盤の第18話で、それまで寡黙だったグレーが語りだす。ここで自分はやっと共感できるキャラクターが出てきた、と感じた。

ブラックの主張の根本には「人を傷つけてはならない」という原則があるよね。その原則をどこまでも伸長させて「人類を滅ぼすべき」という主張に改造してるみたいだけど…その「人を傷つけてはならない」っていうルール自体、行ってみればただのルールにすぎないわけさ。みんな、そんなルール大して重視してないんだよ。
「ただのルール」にすぎないものを過剰に神聖視して人類全体に守らせようっていう思考がもう、ふつうの人達からしたら胡散臭くて仕方がないってことだよ。そりゃあ、人生をこじらせた奴にしか共感なんて得られないよ。p176

そういう道徳的な教えってのはいわば「指針」であって、目的地じゃない。北極星の方向を目指して夜の太平洋を航行する船が、空を飛んで北極星に到着しちゃったら、それはもう一般論としては航行失敗なんだよ。ボクたちはルールを教わることで「ルールを守ること」を学ぶんじゃなくて「ルールの守りかた」を学んでるんだけど、たまにその差異がわからない奴が出てくる。
あのさ、これは知ってる奴なら誰だって知ってることだから、いまさら言うまでもないかもしれないけど、悪いことをしても別にいいんだよ。p178

ここから第20話で魔王がどう決断するか(人類を滅ぼすのか滅ぼさないのか)までは、それまでとは全く違った熱の入り方で読み込んだ。
なお、この本では、最終盤にスポットライトのあたるグレーの意見が「正解」としてではなく、アンチ反出生主義の強力な意見として挙げられているに過ぎない。
「あとがき」にも書かれている通り、この本のひとつの大きな特徴は、10人それぞれがそれぞれ別々の意見を持っていて根本的には噛み合わないというところにある。やや難しい「道徳」についても考えさせながら、「何が正しいか」から離れた部分に読者の視点を向かわせるところに、品田遊の書く力と誠実さを強く感じた。
関連書籍を読んだあとで、またこの本を読み直そうと思ったし、品田遊の次回作もものすごく気になる。

本書は「人類を滅亡させるべきか否か」について10人が議論する様子を描いた小説であり、反出生主義について考えるための補助線です。対立する意見の応酬を読みながら自分もその会議に参加しているつもりで考えてみてほしいと思います。自分の意見を持つ必要はありません。それよりは、食い違う主張について「どちらが正しいのか」ではなく「異なる種類の”正しさ”がそれぞれどんな水準で成立しているのか」を考えることをおすすめします。
(あとがき)


なお、巻末の参考資料の中には、本家本元のディヴィッド・ベネター『生まれてこないほうが良かった』や『現代思想2019年11月号』、森岡正博『生まれてこないほうが良かったのか?』などど真ん中の本と合わせて、永井均『改訂版 なぜ意識は実在しないのか』、中島義道『後悔と自責の哲学』、川上未映子『夏物語』(!)が挙がっている。この辺も読みたい、というか川上未映子『夏物語』が気になるなあ…。

後悔と自責の哲学

後悔と自責の哲学

Amazon

*1:このあたりの「論理展開は合っているように聞こえるが、共感できるできないとは別」という感覚は、ネットで見かけるフェミニズム論争を読んでいる時の感覚に近い