Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

小川淳也の感染力~大島新監督『香川1区』

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年末の12/28は、昼間に、いわば聖地のポレポレ東中野を訪れ『香川1区』を鑑賞し、夜はテレビ番組「SASUKE」を見た。


『香川1区』を見るタイミングについては少し考えた。2020年の映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』の続編と言える作品なので、『なぜ君』を見たあとの方が良いだろうという気持ちは勿論あったが、ついこの前にあった衆院選を題材にしているという速報性に重きを置いて、『なぜ君』は未鑑賞のままで行くことにした。

そういう意味では気持ちはアウェー。
おそらく『なぜ君』を見て、小川淳也に惚れ込んでファン目線で来る観客が大半であろう中で、「俺はまだそっち側ではない」という気概を持って半ば喧嘩腰に臨んだ。


だから、序盤はどうも焦点を絞り切れず退屈に感じるほどだった。
例えば、テレビのドキュメンタリーと比べると散漫。かといって、想田監督のドキュメンタリーと比べると、編集が多い割に、ぼんやりしている。
そもそも手持ちカメラの映像が動き過ぎでは…等々。


ただ、選挙戦開始直前のある事件をきっかけに一気に引き込まれる。
もともと一番の懸念は、選挙のライバルである自民党平井卓也議員のマイナス点ばかりを殊更にあげつらうような映画だったら、公平性という観点で気持ちが悪いのではないか、というものだったが、そうはなっていなかった。

むしろ、小川淳也のマイナスの部分が良く見える映画になっており、その点にこそ本作の特徴があるかもしれない。
その、小川淳也の短所の象徴が、マスコミにも批判的に取り上げられた維新の町川議員への「立候補取り下げ要請」の部分だ。
mainichi.jp
www.shikoku-np.co.jp
→後者は、平井卓也の母親が社主、弟が社長を務める四国新聞の記事。「マスコミ」かと言われれば違う気がする…


デジタル担当大臣となった平井卓也は「恫喝」騒動など選挙前に失点が多く、ある意味で小川淳也にとっては追い風が吹いていた。にもかかわらず、平井卓也小川淳也の一騎打ちだったはずの選挙戦の構図は、直前に「日本維新の会」の町川順子が立候補を表明して一変。
そこに小川淳也が、立候補取りやめを単独でお願いしに行き、マスコミには「圧力をかけた」という取り上げられ方をされることになった。


映画内でも繰り返される「いつも直球勝負」という性格の現れだが、辻本清美に叱られるだけでなく、この件を心配して事務所を訪れた政治評論家の田﨑史郎に対して激昂してしまうシーンは、映画の中でも印象に残る部分で、まさに政治家としては危なっかしい。


そういった危なっかしい部分も含めた彼の人間的魅力は、周囲の人間を惹きつけ、多くの人間が彼をサポートすることになる。特に、妻のみならず、社会人になった娘二人がマイクを持って選挙活動の正面に立って汗をかくのは驚きだ。
涙をこらえ切れなかったのは、「20時当確」が出て、小川淳也が御礼の挨拶をしたあとの、家族からの挨拶。娘の友菜さんは、泣きながら「これほど真面目で正直な人がこれまで選挙では勝てなくて…」という場面。*1

家族からの(あきらめを含めた)信頼と、家族の協力という意味では、すべてを捨てて競技に打ち込む、SASUKEのアスリートを見ていて似たようなところを感じた。
代表的なのはキタガワ電気店長の日置将士さん。3人の子どもが応援してくれるだけでなく、自宅のセットで一緒にトレーニングしたりする映像を見て、この人も小川淳也同様に家族に愛される人なのだと思った。


しかし、異なるのは、周りの人間がどんどん小川淳也に「感染」されていく部分なのだろう。
パンフレットの中村千晶さん(映画ライター)のまとめが分かりやすい。*2

実は本作に小川氏の言葉はそれほど多くない。それ以上に雄弁なのが、彼に呼応した人々の言葉だからだ。(略)
そう、これは「小川淳也」の映画ではない。「小川淳也」という人を受け取った側の成長の記録なのだ。
それこそが「なぜ君」へのアンサーだ。「なぜ君」は「なぜ私たちは君のような人を総理大臣にできないのか」でもあったのだから。我々有権者が政治に無関心で忘れっぽいから。選挙に行かないから。しかし変化は起こっている。ラスト、東京・有楽町の街頭で女性が小川に言う。「がんばってください、ではない。(一緒に)がんばりましょう、だと気づかせてもらった」と。自分たちこそがこの国の政治の責任者だと気づく人が増えること。我々自身が変わること。それが「なぜ君」が問うた課題であり願いだった。そして起こった変化の芽を捉えたことこそが、この映画の大きな意義だと強く思う。

映画の中では、ボランティア団体「小川淳也さんを心から応援する会(オガココ)」のメンバーが何度も登場するが、ライターの和田靜香さんも選挙活動に協力し、小川淳也への信頼を熱く語っていたのが印象的だ。これについては、本が出ているようなので、こちらも読んでみたい。


さて、小川淳也の短所の部分に話を戻すが、維新立候補取り下げ騒動から、彼には多くの議員を味方にしていく能力に欠けているのでは?という疑問が湧く。だからこそ、映画の最後に、選挙後の立憲民主党代表選の模様までが収められているのは良かった。
結局、決選投票まで残らない4人中3位で終わるのだが、負けたことの報告含め、あくまで(一般市民を対象とした)青空集会メインで小川淳也は代表選を戦う。地方票を集めるために全国の議員に頭を下げに行くような「政治家っぽい」方法の対極にあるが、それで正しかったのか。


NHKのニュース記事では、その「新しさ」に刺激を受けた議員も多かったと書かれている。

小川陣営の議員の中には、今回初めて小川と身近で接したという議員も少なくなかったが、“青空対話集会”での小川の姿勢に「刺激を受けた」、「立憲民主党が目指す方向が明確になった」といった声が聞かれた。

中には、小川を「スター」とまで評するものもいた。
「小川は有権者との対話を通して、相手を包み込む力がある。あの包容力は才能だ。これからは、こういう『スター』を党として支えていくことが必要だ」

最後に、今後「仲間」を増やしていくために、会食の誘いなどに応じるつもりか軽い気持ちで聞いてみたが、小川は真顔でこう返してきた。


「『飲んだ』『食った』って重要だけど、それだけで一生やり過ごしている人は見たことがない。ないよりかは、あった方がいいが、もっと大事なのは、世界観とか社会観とか、将来構想を共有できるかどうかだと思う」

小川淳也は、やはりどこまでいっても小川淳也のようだ。
小川淳也 幻の勝利のシナリオ 立憲民主党代表になれなかった男 | NHK政治マガジン

記事のまとめ方に、記者が小川淳也に「感染」した感じが現れているが、周囲の政治家を「仲間」にしていくよりも、広く社会を取り込んでしまった方が早いということなのかもしれない。

ただ、記事の中で小川淳也の言う「世界観とか社会観」が、映画の中では見えてこなかったので、これについては、関連書を読んでみたい。*3
あとはやっぱり「なぜ君」を見ないと。



なお、野党第一党ということで、立憲民主党には何とか頑張ってほしいと思っている。
小川淳也を破って新しく代表になった泉健太は自分と同い年。党の路線変更の姿勢には自分の中でも賛否両論があるが、小川淳也をうまく使って何とか次の参院選で躍進してほしい。(著作がないのは残念)

補足

書き忘れたが、この映画のもう一つの魅力は、自民党平井卓也陣営の「恫喝」気質、限りなくブラックに近い集票活動がカメラに収められていること。
この辺りはもっと咎められてもいいと思うのだけど。

*1:なお、このシーンは、8時当確が出たという事実が映画の画面からは分からない不親切な場面だったように感じた。誰もがこの選挙の結果を知っているわけではないと思うのだが…

*2:パンフレットは例えば平井卓也小川淳也のこれまでの対決の戦績含めわかりやすいつくり。大島監督が大島渚の息子であることを初めて知った。

*3:パンフレットでは、大島新監督とノンフィクション作家の中原一歩との対談が収められており、政策面の弱点についても触れられている。そもそも前原誠司の下について希望の党からの出戻りということは、枝野ラインではなく立憲民主党の本流ではない(泉健太と同じライン)のだが、「格差」や「ジェンダー」の問題に疎いという指摘は、致命的な気がする。そのあたりがどうなのかを本を読んで知りたい。