Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

熱くなれる新書~中川裕『アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」』


これは名著。

タイトルから見ると、漫画『ゴールデンカムイ』の謎本、考察本の類かと思ってしまうところもあるが、著者は『ゴールデンカムイ』のアイヌ語監修を行っている千葉大学文学部教授で、いわば「中の人」。

ただ、その教授も1955年生まれで自分よりも20も年上の人であることから、偉い先生の「ご高説」を伺うような本になっているのかと予想したが、全くそのようになっていない。

この本は、著者の中川裕さんの、アイヌ文化の専門家としての立場、『ゴールデンカムイ』の制作裏話を教えてくれる「中の人」としての立場、そして何より、『ゴールデンカムイ』の物語を楽しむ読者としての立場、3つの立場のバランスがよく取れた本になっていると思う。


中川さん自身、序章で野田サトルゴールデンカムイ』がいかに特別な漫画であるかについて、ストーリー、演出力、作画技術、魅力的なキャラクターを挙げたあと、以下のように書いている。

それに加えて、私たちのようなアイヌ文化に興味を持ち続けてきた人間にとっては、特別な意味をもたらす漫画でした。

ゴールデンカムイ」はそれまでの漫画と違い、明治末期のアイヌ社会を真っ向から漫画の中に組み込み、強い意志と高い能力を持ったアイヌを何人も中心的キャラクターとして登場させながら、高度なエンターテインメント性で広い読者を獲得していった、初めての作品だと言えます。

本書は、著者の中川さんが指摘する『ゴールデンカムイ』という作品の間口の広さ、エンターテインメント性は出来るだけ生かした形で、その上にアイヌ文化の解説がついているという絶妙のバランスのもとに出来ているように感じる。

このことは、あとがきでも書かれている通りで、本の中での「アイヌ文化」と「ゴールデンカムイ」の比率は、専門家なら8:2、7:3くらいにするのが普通だと思うが、この本は5:5もしくは4:6くらいの比率になっている。

ゴールデンカムイ」においてアイヌはひとつの素材であり、そこにはフィクション*1も多々含まれています。だから本書のタイトルも『アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」』なのであって、『「ゴールデンカムイ」で学ぶアイヌ文化』ではありません。でも、この本はどっちからどっちにでも行けるようになっています。


ということで、一旦まとめると、この本は、読めば漫画『ゴールデンカムイ』を読み直したくなる、そして、中川さんの指摘を受けて動作やセリフを追加した部分もあるというアニメを見返したくなる名著で、本編完結後には、必ず続編をつくってくださいと切実な気持ちでお願いをしたくなる。

新しいアイヌの未来

扱われているアイヌ文化について、ここで一つ一つ取り上げることはしないが、8章で語られる「アイヌ語の現在そして未来」という項がとても熱い内容だったので、それについて。

母語としてのアイヌ語が話せる人の数はそれ*2からも減っていますので、母語話者としてのアイヌ語話者は、もういないと言ってもよい状況です。
しかし、母語話者の数にこだわる必要はありません。英語が世界で最も力のある言語であるのは、母語話者の数が多いからではありません。母語話者数で言えば中国語のほうがはるかに上です。英語の力の源は、英語が母語ではない世界中の人が英語を学ぼうとすることにあるのです。そして、学ぼうという力が働けば、消滅危機と言われた言語でも力を取り戻すことができます。ハワイ語がそのとてもよい例です。
ハワイ語1893年アメリ海兵隊によってハワイ王国が崩壊させられ、1900年にハワイ諸島全体がアメリカに併合されたことにより、母語話者がほとんどいなくなるという状況に陥りました。しかし、その後ハワイ大学を中心に復興運動が進められ、現在、ハワイ島には幼稚園から大学まで、完全にハワイ語だけで授業を行い、教員同士の会議までハワイ語で行うというような状況ができあがっています。(略)家に帰れば英語で生活をしているのですが、ハワイ語を身につけることによって、自分たちの歴史や文化に誇りを持つことができ、ハワイ人であることに胸を張って生きる社会を作りつつあるのです。

このあと、アイヌ語もその道を目指して取り組んでいるという話が出ている。
義務教育の過程の中で行うのは問題があるだろうが、興味・関心を持った人がそこに積極的にアクセスして学んでいける状態を作ることが出来れば、母語話者がいなくなっても、アイヌ文化は滅びない、ということだろう。
実は『ゴールデンカムイ』という作品は、アニメで途中まで見てしばらく時間が経った今年の夏に、WEB上で全話無料キャンペーンがあり、一気に読んだのだが、一番感動したのは、樺太に移ってから、アシリパアイヌ文化をどう遺し伝えていくかを考えていく場面だった。
一線で活躍するアイヌ文化の専門家と、青年漫画誌にのっているアクション漫画が、同じ問題意識で動いているところに、とても熱いものを感じる。8章の締めの一文はそのまま物語の本編に続くものになっているのだ。

アシリパという名前は「未来」と読むこともできます。彼女が現代に生まれたら、今いる人たちとともに、新しいアイヌの未来に向かって突き進んでいくことでしょう。


なお、本の中にはコラムが2つ挟まれており、それぞれ、小樽市総合博物館館長と札幌大学教授が別々の視点から『ゴールデンカムイ』という作品を絶賛している。
それほどまでに専門家に愛され、期待されている(にもかかわらず、他には類を見ないほどの変態キャラクターが頻出する)漫画『ゴールデンカムイ』が、このあとどのように完結を迎えるのか楽しみであり、終わってほしくないという気持ちもある。

そして、この『アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」』を読んで、ウポポイ(2020年にアイヌ文化の復興・創造・発展のための拠点として開業した施設:札幌から約1時間)にも行ってみたくなった。
勿論、関連書籍も読んでみたい。安心と信頼のヤマケイ文庫からこんな本が!

*1:例えば、動物の肉を細かく刻んで食べるチタタプは漫画の中で登場回数が多いが、「チタタプ、チタタプ」と言いながら刻むという習慣は野田サトルの創作とのこと。p168

*2:2009年の「消滅危機にある言語・方言」というユネスコ報告で最高レベルの深刻度に分類