Yondaful Days!

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研究報告風SFの衝撃~柴田勝家『アメリカン・ブッダ』

もしも荒廃した近未来アメリカに、 仏陀を信仰するインディアンが現れたら――未曾有の災害と暴動により大混乱に陥り、国民の多くが現実世界を見放したアメリカ大陸で、仏教を信じ続けたインディアンの青年が救済を語る書下ろし表題作のほか、VR世界で一生を過ごす少数民族を描く星雲賞受賞作「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」、『ヒト夜の永い夢』前日譚にして南方熊楠の英国留学物語の「一八九七年:龍動幕の内」など、民俗学とSFを鮮やかに交えた6篇を収録する、柴田勝家初の短篇集。解説:池澤春菜

SFは嫌いではないのに常に敷居の高さを感じてしまうので、2冊SFが続くのは珍しい。
とはいえ、前回取り上げた『わたしたちが光の速さで進めないなら』  とは全く違ったタイプのSF。
自分はSFを類型化できるほど読んでいないので、細かく語ることは難しいが、2冊とも設定が詳細なハードSFというものではなく、むしろワンアイデアものなのだが、大きく異なるのは、ストーリーの語られ方。


アメリカン・ブッダ』では、冒頭の星雲賞受賞作「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」が典型的だ。冒頭部分を引用する。

中国南部、雲南省ベトナムラオスにまたがるところに、VRのヘッドセットをつけて暮らす、少数民族スー族の自治区がある。
彼らは生まれた直後に、ヘッドセットをつけられ、仮想のVR世界の中で人生を送る。首長族として知られるカヤン族が、幼少期から真鍮製の首輪をつけ、それを次第に増やすのと同様に、彼らもまた、長ずる程に独自の装飾が施されたヘッドセットへとつけ替えていく。

タイトルから面白いし、この切り口の面白さと「出落ち感」がたまらない。
ただ、この、エンターテインメントというよりは研究報告的な語り口でも、読者の興味を持続させる強さを持っている。
この作品について言えば、冒頭ですべては語られていて、ラストに大きな展開があるわけではない。手品で言えば、最初からトランプは宙に浮いているし、寝そべった人は胴体が真っ二つになって登場している。
『わたしたちが光の速さで進めないなら』が、世の中に不思議な出来事が起き、対社会の中でのわだかまり(多くは差別にかかわること)を抱えた登場人物が、不思議な出来事と向き合い、最終的に読者に「秘密」が明かされる、というような「通常の物語」の手順を踏むのとは対照的だ。


アメリカンブッダ』の中でもう一つ挙げるなら「検疫官」だろうか。こちらも冒頭部分から引いてみる。

ジョン・ヌスレは自分の職業に誇りを持っていた。空港で働く検疫官だった。
感染症を国内に持ち込ませないという崇高な使命を持った仕事である。ただし動植物や食べ物に対する検疫ではない。それは人から人へ伝染し、流行すれば甚大な被害を及ぼすもの。比喩的には病原体とも言えるだろうが、感染した時には体よりも思想に害をなすだろう。
つまり物語である。

…という世界。アイデア出しの段階では「面白いかも」と思っても、色々と無理があり過ぎる設定なので通常はストーリーにならないと思う。
でもちゃんと短編として成立している。
物語禁止令の出された国では、スポーツ競技はトラック競技のみが盛んになる。娯楽は数遊びが中心になり、主人公は数独に熱中する。確かにそうかもしれないと思わせる迫力がある。(ちょっと笑ってしまうが)


表題作「アメリカン・ブッダ」は、「未曾有の災害と暴動により大混乱に陥り、国民の多くが現実世界を見放したアメリカ大陸で、仏教を信じ続けたインディアンの青年が救済を語る」と書くと、これも「出落ち」感が強い。
しかし、映画『インセプション』を思わせる仮想世界「Mアメリカ」の設定が面白く、むしろ仮想世界ものとして楽しく読むことができた。伊藤潤二『長い夢』にも通じるが、仮想世界で時間の進み方が現実よりも遅くなる、という話は自分の好みなのだろう。


そして、最も面白く読んだ「鏡石異譚」も時間を扱うタイムトラベルもの。
これは、前言を撤回するようだが、ラストに向けて謎が明らかになっていくタイプの物語で、「記憶子」という仕掛けも巧く、一番SFらしさを感じた。(やはりこうしてみると「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」が異常すぎるのかもしれない)


英国留学中の南方熊楠が登場する「1897年:龍動幕の内」は長編『ヒト夜の永い夢』の前日譚ということだ。この人の書く長編がどんなものなのかとても気になるので、ぜひ『ヒト夜の永い夢』も読んでみたい。(Amazonレビュー見たら宮沢賢治も登場するのか!これは読みたい!)


ところで解説の池澤春奈のはしゃぎっぷりが面白い。肩書が「声優」になっているが、この文庫本が出た直後の2020年9月には日本SF作家クラブの会長に就任している。組織の一番偉い人が誰よりもはしゃいでいる感じは『映画大好きポンポさん』のポンポさんを想起させる。解説ではカッツェこと柴田勝家さんの、親しみやすい印象的なエピソードが語られているが、専攻が民俗学ということを知り、作品に強く反映されているという実感から感心した。なお、「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」の電子書籍版のボーナストラックは「星の光の向こう側『アイドルマスターシンデレラガールズ ビューイングレボリューション』体験記」だという。ちょっと衝撃的だ。これは読まなくては。



『わたしたちが光の速さで進めないなら』『アメリカン・ブッダ』をまとめると、SFは、むしろ短編集ならもっと読めるのではないか?そんな希望を持った2冊でした。