Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

まじめか!~潮谷験『エンドロール』

『時空犯』でリアルサウンド認定2021年度国内ミステリーベスト10第1位に輝いた著者の、待望の長編!

202X年。新型コロナウイルスのせいで不利益を被った若者たちの間で自殺が急増する。自殺者の中には死ぬ前に自伝を国会図書館に納本するという手間をかけている者がいた。その数200人。共通するのは陰橋冬という自殺をした哲学者の最後の著書と自伝を模倣するということ。
早世したベストセラー作家・雨宮桜倉を姉に持つ雨宮葉は、姉が生前陰橋と交流があり、社会状況の変化から遺作が自殺をする若者を肯定しているという受け止められ方をしてしまったという思いから、自殺を阻止しようとするが……。


ひとことで感想を書くとすれば「まじめか!」。


メフィスト賞作家への過剰な期待のベースには「奇をてらい過ぎる」「結果として社会を斜めに見る(ふまじめ)」がある。そもそも王道ミステリ自体が、現実には起きそうもない状況設定の物語が多く、現実的な社会問題を題材にする作品とは大きく異なる。
ところが、最後まで読んでみると『エンドロール』のメッセージは、「自殺を止めたい」という真っ当な気持ちからくるものだった。
事件を終えたあとで、主人公が書いた形をとる「序章」に上手くまとめてある。

それはとてつもなく難しい試みだった。見ず知らずの人間に対して投げかける「死ぬな」「生きろ」という言葉がどれほど脆く、頼りないものかを思い知らされたのだ。結果的に、彼ら全員を救うことはかなわなかった。
それでも、手に入ったものがある。死の形は一つだけではなく、自殺を望む人間も様々な思惑を抱え、時には人を偽りながら死んでいくものだと、心の底から理解できた。生と死は、善悪の二元論では整理できない複雑さに彩られていると、学ぶことになった。
自殺が嫌いだ。それは、今でも変わらない。けれども物事を単純に言い切るだけではなく、そこに至る過程で零れ落ちる様々な感情を拾い上げたいと願うようにもなった。これは、そのために残した記録であり、物語なのだ。

一章ごとにあらすじを辿ってみる。


第一章は、主人公の高校生小説家・雨宮葉が、人気Youtuberの遠成響の番組に出演し、自殺志願者がここ数年で増えているという状況とそれに影響を与えた「生命自律」という考え方について説明する。また、遠成響からのYoutube番組への出演依頼は、数日後に行われる、ネット番組で「生命自律主義」信奉者と(自殺志願者)と反対派との討論会に備えたものであることが明らかにされる。


第二章「挑発とサッカーボール」では、ネット番組のスタジオでの初顔合わせが行われ、(雨宮葉、遠成響以外の)自殺否定派3人目の仲間として箱沢嵐(サッカー名門高校の主将)が登場。さらに、自殺肯定派の長谷部組人が登場して3人に宣戦布告する。


第三章「自殺討論会」では、ついに討論番組、ということは前半のクライマックス。ここで、敵側3人が、小説家を目指して挫折した人、Youtuberを目指して挫折した人、人気サッカー選手を目指して挫折した人という自殺否定派それぞれが成功したジャンルでの「負け組」であることがわかる。
しかし、意外にも、(最も戦力にならないと思われた)サッカー小僧・箱沢の言葉の前に信奉者3人が劣勢に陥り、挙句の果てに服毒自殺を図ろうとする。


第四章「二通りの事実」では、3人対3人のリベンジマッチを別番組で撮ることになったが、撮影の途中で信奉者側のリーダー長谷部が自殺に見える形で死ぬことになる。ここからは警察も入った捜査が行われる。
一方、自殺肯定派のメンバーの尾戸の口から、そもそも討論会は無様に自殺失敗することで信奉者たちの暴走を止めることを意図したものであったことが語られる。であれば、なぜ長谷部が「自殺」したのか。


第五章「遺言と挑発」、第六章「強者の後悔」は、長谷部が自殺だったか他殺だったのか、という話から、何故自殺したのか、という話に移るのだが、ここが理屈っぽ過ぎて、自分にはつまらなかった部分だ。
メフィスト賞作家であれば、ここで外星人が出てくるタイミングなのに…(ましてや『時空犯』の潮谷験なのに)と思ってしまったのだった。


ここから、エピローグまで、登場人物、特に「からかい」役だった響の正体が明かされ、さらに真面目度が増していく展開になる。これは『時空犯』とは全く異なる小説を書ける、潮谷験の幅の広さを知ることが出来た一方で、自分の予想や好みとは外れたものとなった。


ただ、ラストは良かった。
このテーマで書くならこの終わらせ方しかないだろう。
ラスト前までの話は、メインの事件である長谷部組人の死の謎解きが、証拠が少ない中で推論を積み重ねるやや退屈な展開で、冒頭に掲げた「自殺を止めたい」という作品テーマには見合わない内容と感じた。
それに対して、ラストは、「自殺を止めたい」という一般論ではなく、「目の前にいるたった一人の自殺を止めたい」という内容で、小説として救いがあった。


2022年の5月時点では、日本も世界に遅ればせながら「コロナ明け」が模索される状況になった。しかし、物語の設定である「若者の自殺の増加」として「コロナ禍」が説得力を持つ程度には、2020年~2021年の2年間は、特に若い人にとって辛い時代だったように思う。
ストーリー自体が「まじめか!」方向に寄ったのも、現実社会の問題を踏まえてのものだし、それを反映させたものを書きたいという、潮谷験という作家の誠実性ゆえなのかと思った。
次は、ついに未読のメフィスト賞作品を読もう!