Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

「用例採集」の現場~飯間浩明『知っておくと役立つ街の変な日本語』


飯間浩明さんは、三省堂国語辞典の編纂に携わる「辞書の人」として名前は知っていたが本を読むのは初めて。
今回は、図書館で目立つ陳列がされていたので、VOWネタみたいなものを予想して、興味が湧いたところだけ読もうと気軽な気持ちで手に取った。


ところがどっこい、面白い。


本は街で見かけた「変なことば」を取り上げたコラムなので、確かにコンセプトはVOWに似てなくもない。
しかし、決定的に違うのは、当然のことながら、「言葉みつけ」の目的が辞書編纂のための「用例採集」(『舟を編む』に出てきたやつ!)であることだ。
その中でも面白いと感じたタイプは

  • 新語ではあるが、辞書に載るのはより一般化して最後に残る必要がありそうな言葉
    • 自撮り棒、セルフィ―棒、セルカ棒(p74)
    • メガ盛り、デカ盛り(p92)
    • ホームドア、ホームゲート、安全柵(転落事故を防ぐための可動式ドア、p170)
  • 実際に、「最近使われている感」を強く感じる言葉
    • コミュ力(1世紀経って登場した略語、p88)
    • ほぼほぼ(2016年の「今年の新語」、p72)
    • 〇活(就活、婚活は辞書に載っている。それ以外に終活、美活、菌活、妊活など、p84)

特に、「ほぼほぼ」はよく聞く。(自分はあまり使わない)その流れで言えば、本には載っていないが「推し」。「〇活」と組み合わせた「推し活」あたりまで、辞書に載っていても違和感がないほどだ。


また、この本の真骨頂は「変なことば」を叱るのではなく、受け入れるところで、そのこころは「はじめに」に非常に分かりやすく説明がしてある(名文)が、一部を抜粋する。

「変なことば」は、それまでの硬直したことばに新しい展開をもたらします。昨日とは違うものごとを表現するために、あるいは、他人とは違う考えを表現するために、「変なことば」は生まれ、いつの間にか一般に受け入れられ、定着していきます。


飯間さんが「変なことば」とどう向き合うのかがよくわかるのは、取り上げられている言葉で言うと、「強化買取中」。
飯間さんは、2009年に秋葉原でこの言葉を見たときの感想をこう書く。

「強化買取中」は変わった言い方です。「買い取りを強化する」のだから、普通は「買取強化中」と言うはず。気になります。語順が違うのでは?
(略)私は最初、これを書いたのは外国人ではないかと思いました。日本語では、たとえば「生産を促進する」を縮めて「生産促進」と言いますが、中国語では「促進生産」と言います。(p66)

つまり、用法が生まれて広まるまでの流れを想像する。これが面白い。

その他、誤用ともいえる「アフォガード」*1も、本来はイタリア語でaffogatoで「ト」が正解だが、よく知っている「ボディガード」などに引きずられて「アフォガード」と言いたくなってしまうためと推定する。

こうした現象は、昔からありました。「ナプキン」が「布巾」に類推して「ナフキン」に、野菜の「パースリ」が「芹」に類推して「パセリ」になるなどの例があります。(p152)

また、似た変化として「バック(bag)」の例については、少し事情が異なるという。

もともと「ッ」(促音)の後の音は濁りにくいのです。「キューピッド」が「キューピット」、「ドッジボール」が「ドッチボール」、「ブルドッグ」が…。日本語として、促音の後の濁音は難しく、清音になるのはごく自然なことです。(p154)


今回、特に、用例採集の対象を活字や放送ではなく、街の中に求めているという点が、元々VOWネタ*2が好きな自分にとっては強く惹かれる要素だったのだと思う。
今後、これまで以上に看板や「ことば」に気をつけながら街を眺めていきたいと思う。飯間さんの文章にも惹かれたので、文章術関係の本も読んでみたい。

*1:熱いコーヒーなどをかけたアイスクリームのこと。知らない笑

*2:一般用語のように書いてしまいましたが、80~90年代の文化的遺産です笑。ググると出てきます。