Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

楽しい仕掛けに満ちたびっくり箱のような本~横道誠『唯が行く! ー当事者研究とオープンダイアローグ奮闘記』

双極性障害の家族を持ち自身も発症の疑いを持つ大学生、唯(ゆい)は大学のサークル活動を起点として自助グループの運営にかかわるようになり、当事者研究とオープンダイアローグ(OD)を学んでいく。
発達障害、吃音、摂食障害LGBT、鬱、ひきこもりの親など、自助グループに登場するさまざまな困りごとを抱えた当事者たちのケースを通して、この物語は、対人援助職、当事者向けの実践的ケーススタディとなる。
一方で、物語は成長して大学で教鞭をとる唯先生による講義編へと展開する。
講義編では、「ユーモア」「苦労の哲学」「ポリフォニー」「中動態」などのキーワードを並べつつ、当事者研究、ODを基礎から丁寧に解説。さらに、ハイデガーアーレントバフチンの思想が交差する深みへと進む。
本編のほか、ほがらかタッチのへたうまイラストや、付録には「唯のひらめきノート」、荒唐無稽なゲームブックなどが収録され、読者はユニークな世界観を味わいながら、当事者研究とODを楽しく学ぶことができる。

これは面白かった。

講義編は難しいところもあったので飛ばし飛ばした部分もあったが、物語仕立ての部分は読み終えて、何となく全体を掴めた感じだ。
これまでも当事者研究やオープンダイアローグ、べてるの家の話はキーワード的に触れることが多く、本もいくつか図書館で借りて読まずに返したり、一部分だけ読んだりということを繰り返してきたが、今回は、学術的な部分を含めてまとめて読むことができたので満足度が高い。


「講義編」は、准教授になった唯が講義を行う形式をとる。
オープンダイアローグ、ナラティブ・セラピー、当事者研究、中動態などの概念の違いと類似点については、「物語編」のケーススタディーと合わせながらだと理解がしやすかった。
当事者研究キリスト教との関係や、AAにおけるハイヤーパワーという宗教的で、とっつきづらい要素(学生には「ハイヤーパワーって、怪しいヤツですよね」と言わせている)についても、(宗教に疎い)日本人としてどう捉えるかという観点から説明されていて納得しながら読むことができた。


また、特に、ちょうど先日見たばかりの『こどもかいぎ』とも重なるが、オープンダイアローグが「3人以上」の対話を推奨するという話が興味深かった。

一対一の対話は、たしかに既に「ダイアローグ」なのです。でもオープンダイアローグとしては不十分なんです。ひとつの声でもふたつの声でもなく、多数の声が響いてほしい。というのも、声がふたつだけならハーモニーを奏でやすく、つまり調和しやすく、結果的にモノフォニーとなってしまうからです。大切なのはポリフォニー、複数性の共存です。p153

オープンダイアローグの特徴は、自分の考えるビブリオバトルの特徴に通じるところがいくつかあり、ここで指摘されるような(一対一ではない)ポリフォニーの重視という部分は、まさにビブリオバトルの基本理念と共通する部分だ。
つまり、ルールではないが、投票行動がゲームの成立に影響するので2人で行うことは出来ない。さらに、同一書籍を読んだり等のハーモニーを求めることはせず、各人が言いっぱなしで、結果的にポリフォニーを重んじている。


それ以外にも、ビブリオバトルの現場を思い起こさせるようなエピソードがあった。
唯は大学のサークル「輪っか」だけでなく、社会人メインの自助グループ「蕣(あさがお)」にも参加して、月次で、当事者研究やオープンダイアローグアプローチ(オープンダイアローグをアレンジしたもの)に取り組む。
この自助グループ「蕣(あさがお)」には、様々な問題を抱えた人たちが参加するが、常連も新顔もいる。2月の会で、常連メンバーの不在から、唯が当事者研究会の司会を任されたときに、初参加者として、非常に扱いが難しい50歳くらいの人が来る。
この初参加者の人。自身に発達障害があり、ずっと「輪を乱すやつ」扱いされてばかりで、処方される薬にとどまらず、大麻覚せい剤にも手を出して何回も刑務所に入ったと吹聴する。常に上から目線の喋りで、相手の声を真正面から受け止めない。
相手への敬意が少ないままズケズケ物を言う初参加者は、ビブリオバトルでごくたまに見て肝を冷やす光景だが、物語の中では、この、いわば「厄介者」に対して、常連メンバーたちが次々と言葉をかけていく。彼も自らの問題に自覚的で、救いを求めてサークルに来たであろう「同志」だからだ。


一方で、しばらく参加しなかったりする人も多く(だから入ったばかりの唯が司会者となる)、人の出入りは激しく、簡単に「仲良しサークル」化しない。その中で、唯たち新しいメンバーは、次々と新しい手法(オープンダイアローグ・アプローチ)を試していく。
全体として、オープンダイアローグに「正解」があるわけでなく、実際の問題にうまく対処できるように試行錯誤を繰り返しているということがわかり、結果として教条的な本にはなっていない点がとっつきやすかった。
また、福祉課程を専攻している学生たちに触れた気持ちにもなれ、(繰り返しになるが)自分が参加するビブリオバトルの複数の団体を思い起こしながら、半ば自分の話として読むことができた。


なお、おまけ的ではあるが、この本の最大の特徴は、付録に収められたゲームブック(笑)

講義編では唯は大学准教授になっているが、本編では唯の大学二回生の段階で終わり、その後の唯の人生についてゲームブック形式で辿る。最初の分岐は、学術研究の道に残るか、福祉の世界に進むか、はたまた専業主婦となる。しかし、エンディングが幅広くて、ノーベル平和賞の受賞から他の星への移住、世界大戦から金属人間への変身まで。久しぶりに夢中になって番号を辿ってしまった。

こういった遊びの部分も含めて、まじめだけれど本当に「楽しい」本だった。「講義編」は折に触れて読み返したい。

参考(過去日記)

pocari.hatenablog.com
pocari.hatenablog.com
→こちらもビブリオバトルと結びつけて、当事者研究やコミュニケーション支援について書かれた本を取り上げています。